逆さの首、屋上の怪人2020/09/20 08:13

 明智小五郎探偵が春木氏に電話すると、昼でなく夜7時頃がいいということで、どこかを調べに行った後で、訪問した。 青年紳士春木氏はニコニコと出迎え、二階の立派な応接室に案内する。 白い詰襟の上着を着た30歳ぐらいの召使が紅茶を出し、春木は妻をなくして、このコックと二人暮しなので、空いている部屋を確かな紹介状のあったインド人に貸した、と話す。

 明智は、あの夜のことを尋ねる。 第二の謎、洋館を見張っていた少年探偵団員たちは、インド人たちが出て行くのを見なかったし、春木さんが帰ってくるのも、見なかった。 春木は、表門から入った、と言う。 明智は、ハハハと笑い、二を引きさって、二を加える、すると元通りになる、と。 さらに明智は、今日、篠崎家の裏庭と養源寺の墓地をつなぐ地下の抜け穴を見つけてきた、これがインド人の消え失せた魔術の種明かしだ、ハハハと笑う。 黒い魔物が東京中を騒がせたのも、世間に篠崎家のお嬢ちゃんをさらうように見せかけたのも、大いなる無駄だった。 篠崎さんのご主人と世間にむかって、インド人が本国から呪いの宝石を取り戻しにやってきたと、思い込ませた。 本当に取り戻したいのなら、そんな宣伝をする必要がない、あべこべだ。

 その時、明智探偵の後ろの窓の外に、人間の顔が逆さまになって、現れた。 つまり、あべこべなのだ。 それに気づかずに、明智は話を続ける。 それらは世間の目を別の方面にそらすための手段で、犯人はよく知られた日本人なのだ、宝石を奪うのが目的で、お嬢ちゃんの命を奪う気はなかった。 二人が自動車の中で、突然黒ん坊に化けたり、今井君の服を奪って今井君の顔になったりしたのは、変装の名人のしわざだ。 それが可能なのはただ一人、二十面相だ。 「おい、二十面相君、しばらくだったなあ。」と、明智は穏やかな調子で言って、春木氏の肩をポンと叩いた。

 明智に言われて二十面相が後ろを振り向くと、ドアの外には五人の制服警官が立ちはだかり、洋館は数十人の警官隊で取り囲まれていた。 「ウー、そうか。よく手が回ったなあ」、二十面相は窓からグッーッと上半身を乗り出すと、そのまま闇の中に消えた。 目にも止まらぬ早わざだった。 明智探偵が、急いで窓に駆け寄り、下を覗いたが、人の姿はなかった。

 「おい、ここだ、あべこべの理屈を忘れたのかい。悪魔の昇天だ」、二十面相は大屋根から下がった綱をつかんで、屋上へ登って行く。 先ほど窓から逆さまの顔を見せたのは用意の出来た合図で、例のコックが綱を引き上げる。

 警官隊は周囲を固め、一部は洋館内に突入、付近の消防署からはしご車が来て、スルスルと大屋根にはしごをかけ、中村係長を始め警官たちが登ってくる。

 屋上の大捕物だ。 中村係長がまず二人に飛び掛かり、警官たちがそこに覆いかぶさる。 だが、警官たちが押さえ込んだのは、上官の中村係長だった。  その頃、ようやく設置が完了した警視庁の探照灯が照らし出したのは、全体を真っ黒に塗った軽気球だった。 籠の中には、小さく二人の人物が見える。

 翌朝、熊谷市付近を飛んでいる黒い風船が発見され、警視庁や新聞社の四台のヘリコプターが追いかける。 高崎の大観音像のところで、軽気球は浮力を失い、墜落、高崎警察署の警官が籠に駆け寄り、倒れている二人を抱えると…。 なんと、それは人形だった。

 二十面相の手紙があった。 「ハハハ……、ゆかいゆかい、諸君はまんまといっぱい食ったね。二十面相の知恵の深さがわかったかね。/明智君のおかげで、二十面相はまた、大っぴらに仕事ができるっていうもんだ。/明智君によろしく。じゃあ、諸君、あばよ。」

 後で調べると、洋館の屋根の上には屋根裏の秘密室へ入る仕掛けがあった。

 こうして明智小五郎探偵は、二十面相の正体を見破ったものの、まんまと逃げられたのであった。 『少年探偵団』は、この後、大鳥時計店の黄金の塔をめぐる第二の事件に話が展開する。 果たして、明智探偵は怪人二十面相を捕らえられるのだろうか。 それは、「らじるらじる」の渡辺徹の朗読を聴くか、江戸川乱歩の本を読んで頂くことにしよう。 じゃあ、諸君、よろしく。

明智小五郎探偵の指摘する四つの謎2020/09/19 06:52

 世田谷の洋館で、インド人が消え失せた翌々日、明智小五郎探偵が出張していた事件を解決して、帰京した。 元気を回復していた小林少年の報告を聞き、新聞も読んで考えていたという明智は、壁の東京の地図を確かめる。 想像通り、篠崎家と養源寺が、町名も違い、ひどく離れているように感じられるが、裏ではくっついているのだった。

 この事件には、四つの謎がある。 第一に、黒い魔物が東京中を騒がせた。 その黒い魔物が、だんだん篠崎家に近づいて、宝石を狙うのだが、二度も女の子の人違いをする。 宝石が篠崎家にあることをちゃんと見通して、インドからわざわざ出かけてくる、用意周到な犯人がそんな間抜けなことをするだろうか。 第二に、インド人たちが忍術使いのように消え失せたのも不思議だ。 洋館を見張っていた少年探偵団員たちは、インド人たちが出て行くのを見なかったし、春木さんが帰ってくるのも、見なかった。 第三に、小林君が自動車に乗る時、今井君の顔を見ただろう、それが後で振り向いたら黒い顔の今井君になっていた、養源寺で縛られていたのも今井君だから、今井君が三人いたことになる。 第四に、犯人はなぜ緑ちゃんを殺さなかったのか。 インド人たちはコックを縛ったけれど、春木さんには何の用意もしなかった。 春木さんが外出から帰れば、コックの話を聞いて、君たちを助けるかもしれない。 それが、緑ちゃんの最期も確かめずに、逃げ出した。 インド人が何であれだけの苦労をしてきたのか、わからなくなるだろう。

 小林君、この四つの疑問を解いていけば、この事件の秘密がわかる。 小林君は、春木さんの顔をよく見たかい。 私は、今日の内に、春木さんと会ってみるつもりだ。

棲み家を発見するが、インド人は消え失せた2020/09/18 07:01

 ちょうどその頃、少年探偵団員の始と正一の組は、前から来る7~8歳の男の子が、胸にBDバッチを付けているのを見つける。 BDバッチは小林団長の発案で、この間出来上がったばかりの少年探偵団員の記章、Boy(少年)とDetective(探偵)を模様のように組み合わせて図案化したもの。 男の子が拾ったというので、二人は万年筆型懐中電灯を出し、七つ道具の呼び子でほかの五人を呼ぶと、その道から探し始める。 それはあたかも、七匹のホタルが飛び交わしているようだった。

 地下室では、もう水が1メートルの深さにもなり、緑ちゃんを抱いて小林が立っているのがやっとという状態になっていた。 やがて、水がのどのあたりまで来たので、泳ぎの得意な小林は、緑ちゃんを負ぶうと、泳ぎ始めた。 小林が力つきて溺れてしまうか、水かさが増して、天井まで水が達するか、その危機が迫る。

ちょうどその頃、七人の少年探偵団員はインド人たちの逃走経路を見つけ、洋館に達していた。 裏手に回り、桂正一の肩に二人の少年が乗り、その上の篠崎始が二階の窓から覗くと、二人のインド人がいた。 すぐに、正一の指示で、団員が洋館の前後を固め、始が篠崎家に知らせに走った。 警視庁の中村捜査係長が部下たちを連れて、車で駆けつけるまで20分ほどかかった。 少年たちは、捜査係長に誰も外には出なかったと報告した。

 小林と緑ちゃんは、もう溺れてしまったのだろうか。 捜査係長と警官が、呼び鈴を押すと、ドアが開いて、インド人でなく、30歳ぐらいの日本人の紳士が迎えた。 ここの主人の春木と名乗り、今、警察に電話しようとしていたところだという。 インド人に二階の部屋を貸していたのだが、悪い奴とは知らなかった。 二人とも無事、もう少し僕の帰りが遅くなったら、命を落とすところだった、こちらへ、と案内する。 そこには緑ちゃんがベッドに寝かされ、小林が大人のガウンを着て、みょうなかっこうで椅子に座っていた。 春木が帰ると、雇い人のコックが縛られていて、少年と女の子が地下室に入れられていると話した。 地下室は水であふれ、溺れそうになっていた二人を助けて、警察に電話しようとしていたところだ、と。 二人のインド人は、警察官が洋館の中を隈なく探したが、見つからなかった。 20分の間、少年探偵団員が注意深く見張っていたのに…。

 中村係長は警視庁に報告、東京全都の警察署、派出所に逮捕の手配をしたが、インド人の行方は杳として知れなかった。

緑ちゃんがさらわれ、少年探偵団が追跡2020/09/17 07:08

 翌日、篠崎始が明智探偵事務所を訪ねると、明智小五郎は出張旅行中で、助手で少年探偵団団長の小林君が名案を出した。 小林が五つくらいの男の子を連れて、篠崎家を訪れ、男の子に変装した緑ちゃんを、品川のおばさんの家に避難させようというのだ。 その日の日暮れ、小林が、イートンスーツに着替えて、男の子になった緑ちゃんを連れ、呼びつけの自動車で、秘書の今井も乗り、品川へ向かった。 少し走ると、小林は、車が品川とは違う方へ走っているのに気づいた。 声をかけて、運転手と助手席の今井が、ヒョイと振り向くと、二人とも真っ黒い顔、白い歯を出し、ケラケラと笑った。 篠崎家の門前で自動車に乗る時は、運転手も、もちろん今井も白い日本人の顔だった。 小林が緑ちゃんを抱えて、逃げようとすると、運転手はピストルを向け、今井に化けていた方が、抵抗できない二人を縛り上げた。 緑ちゃんが縛られている間に、小林はさとられぬよう、右のポケットから何かキラキラ光る銀貨のようなものをひとつかみして、車の後ろのバンパーのつけねの隅に置いた。 再び走り出した車は、後で同じ世田谷区内とわかる、さびしい町の洋館の前で停まり、二人はその中に連れ込まれる。 小林はまた、握っていた銀色のものを門からポーチまで五つ落とした。 二人のインド人によって、小林と緑ちゃんは真っ暗な地下室に入れられてしまう。

 ちょうどその頃、六人の少年探偵団員が、篠崎始の家を訪問することにして、近くの養源寺の前を歩いていた。 桂正一が先日、黒い魔物の跡をつけ裏手の墓地で消えてしまった話をしていると、生垣のしげみの中で人間の足が芋虫のように動いているのが見えた。 シャツとズボン下だけの二人が縛られ、さるぐつわをはめられ、横たわっていた。 一人は篠崎家の秘書今井、もう一人は出入りの運転手だった。 今井が自動車を呼びに行き、顔見知りの運転手と篠崎家に戻る途中、養源寺の門前で二人の怪漢にピストルで脅され、縛り上げられてしまったというのだ。 すぐさま、警察に連絡すると、所轄の警察署はもちろん、警視庁の捜査課長も駆けつけ、篠崎家は上を下への大騒ぎとなる。

 始を加えた七人の少年探偵団員は、大人の邪魔をしないように、独自で車の走り去った方向を聞き込み捜査してみることにした。

 一方、小林と緑ちゃんが閉じ込められた地下室には、太い管が差し込まれ、水が入ってきた。 水は六畳ほどの地下室にだんだん溜まってきて、このままでは、二人は溺死してしまう。

インド奥地の古い寺、仏像の宝石の呪い2020/09/16 07:11

 タアちゃんの事件があった夜、篠崎始の父が、母と始を奥の座敷に呼んで、心当たりの話をした。 内側を紫色のビロードで張った四角い箱の中に、おそろしくピカピカ光る一センチくらいの玉が入っている。 その宝石は、一昨年上海で、ある外国人から買ったのだが、値段が時価の十分の一にも足りない五万七千円だった。 掘り出し物だと喜んだのだが、別の人に因縁話を聞かされた。

 この宝石は昔、インド奥地の古い寺のご本尊の仏像の額についた白毫(びゃくごう)だった。 百年ほど前、その付近で外国との戦争があり、寺は焼け、沢山の人が死んだ。 宝石は奪われ、いろいろな人の手を経て、ヨーロッパで買い取られてしまった。 また、その戦争で殿様の若いきれいなお姫様が、敵の玉に当たって死んだ。 この地方のインド人たちは、二つの悲しい出来事を忘れなかった。 仏像の命ともいうべき白毫を奪い返すことと、お姫様の仇討ち、その二つのことが一つに結びついて、宝石につきまとう呪いとなった。 そして恐ろしい魔術を使う二人の命知らずのインド人が、その敵を探して世界中を旅することになった。 二人が死ねば、新しい者が派遣され、宝石を取り戻すまで、何十年も、何百年も、呪いは解けない。 その宝石を持っている者は、真っ黒い奴に狙われ、その家に幼い女の子がいればさらわれて、お姫様の仇討ちということで殺されて、その死体がどうしても見つからないというのだった。 篠崎始の父は、そんな因縁話は宝石を安く買い取ろうという策略だろうと考えて、気にもしなかった。

 ところが、昨日、今日、家のまわりで、女の子がさらわれ、さらった奴が真っ黒い怪物だというと、気味が悪くなってきた。 母は、「うちの緑ちゃんを、さらおうとしているというんですか」と青くなった。 始は、少年探偵団に入っているので、明日、明智小五郎先生に相談したらと提案し、父もそうしようと言う。

 アッ、と始が小さい叫び声を上げ、床の間を見たまま化石のようにかたまってしまう。 父と母が驚いて、そちらを見ると、床の間の脇の書院窓が音もなく細めに開いて、一本の黒い手がニューッと突き出されたではないか。 「アッ、いけない」と思う間もなく、その手は、花台の上の宝石箱をわしづかみにして、また障子のすきまから消えてしまった。 黒い魔物は、大胆にも、三人の目の前で、呪いの宝石を奪い去ったのだ。

 すぐ確かめると、幸い、緑ちゃんは無事だった。 秘書の今井と始が、黒い魔物を追いかけた。 高いコンクリートの塀に囲まれた庭の木立をぬって逃げて行き、ひとつの小さなしげみを飛び越すと、まるで忍術使いのように消え失せてしまった。