三遊亭兼好の「徂徠豆腐」後半2025/01/21 07:02

 何日か経って。 チャイチャイ! 七兵衛さん、いらっしゃいますか、ちょいと話がある。 探した、探したよ、ほうぼう、ようやくここにたどり着いた。 今年中は、どうなるかわからねえが、材木屋やなんかでね、二月の頭には何とかします、親方が旦那に十両でつないでください、と。 また、出来上がったら参ります。 チャイチャイ!

 知ってる人かい? 知らない。 十両、危ないよ。 だまされるよ、あれは泥棒の目だ。 十両、置いてった。 置いてけドロかもしれない、十両使うだろ、無くなった頃に来るんだ、返せって。 ガラッと、態度が変わる、二十両から五十両、持ってっちゃう、そういう詐欺だよ。 だけど、カタが何もない。 私(お光)かも、価値のあるものは……、お金持が見染めたんじゃないかしら。 カタは、お妾。 ないと思うよ。 困っている時の金は有難い、つい手をつける。

 二月の声を聞いて、十両が無くなった。 チャイチャイ! あたしが出る。 七兵衛さん、いらっしゃいますか。 いない。 おかみさんでもいい。 なんだ、七兵衛さんも、いるんですか。 前へ出ろ、近くで見ろ、そんな価値はないだろう。 エッ、おかみさんを……、十両もらってもいらない。 見ていただきたいものがある。 親方と三人に。

 これなんです、急いだ、急いだ。 前より、一回り大きくなったでしょう、二階もある。 よろしくお願いします。 あなたの家です。 荻生徂徠先生をご存知でしょう。 知ってますよ、大学者、将軍様と直に話ができるという。 違う人の家を建てたのか?

 先生が来ました。 駕籠に乗って立派なお侍が……。 上総屋さん、お久し振り。 私ですよ、お忘れですか? トーフ屋さん。 ヤッコ先生! 立派におなりになって。 急にいなくなって、心配したんです。 仕官をして、忙しく日が過ぎて、ようやく暇、火事になったと聞いて、この棟梁にいろいろお願いをして。 今、わしがあるのは、そなたのおかげ、万分の一も返せぬが、この家で……。 棟梁でしたか、何も話をしませんでしたね。 お前さんの家だよ。 何も言えねえ、おっかあ、何とか言ってくれ。 親方、代りにお礼を。 有難うございます。 油揚げをつけてりゃ、もっと立派な家になったかも。

 上総屋七兵衛、新しい店で、豆腐を作り始めた。 この噂が広がり、江戸っ子はこういう話が好き、ドーーッと客が並ぶ。 七兵衛さんの豆腐とおから、買って来たよ。 したじをかけて、どうするんだ。 お箸で押して、チュウチュウ、ツルツル、ハーフハフハフと食うんだ。 おからは、したじをかけて、朝昼晩と食えば、火災保険になる。 徂徠の伝手で増上寺のお出入りも許された。 荻生徂徠、出世豆腐というお噺で。

三遊亭兼好の「徂徠豆腐」前半2025/01/20 06:56

 兼好は、鼠色の着物と羽織。 15日というと、先は成人の日、娘さんたちが綿々の白いのを首に巻いた着物姿、お腹いっぱいになったハゲタカみたいな恰好をしている。 会社でスマホを見せて、これウチの娘、成人式、着物はレンタルじゃない、と。 そういうのに、綺麗な人はいない。 未来が広がって、いいようで。

 噺家は、暢気な商売で、朝、早起きはいない、遅い。 先輩は、9時、10時に起きれば早い方で、ある師匠に11時半に電話したら、そんな下らない用で朝早くから電話するな、と叱られた。 いい商売で。

 早起きの代表と言えば、豆腐屋。 七兵衛、お光っあん、ここだよ、いい店だろ。 お前の店だ。 親方! 独り立ちさせる、ようやくいい店が見つかったんだ、居抜きで。 暮の内に支度をして、来年から商いをやれ。 お前たちなら、間違いがない、暖簾分けだ。

 元日から三日まで我慢をして、四日、トーーフィーー! と出掛けた。 小声で、トーフ屋さん、窓から手を振っている。 誰かに呼ばれているような気がする。 窓から体を半分出し、二丁頂きたい。 ヤッコでよろしうございますか。 何か皿のようなものを、お武家さま。 武士は、いきなり二丁の豆腐を、チュウチュウ、ツルツルと吸い込み、体が冷えたのか、ハーフハフハフと震える。 本物の味だ、幼き時よりの好物、値が安く、食べやすくて、滋養になり、骨もない。 上総屋七兵衛と申します。 その名前、憶えておきましょう、まだ何か? お代を。 一丁四文で、八文。 こまかい持ち合わせがない。 では又、毎日参りますので。

 小声で、トーフ屋さん。 昨日より、弱ってるようだ。 豆腐を二丁。 チュウチュウ、ツルツル、ハーフハフハフ、よい味であった。 昨日のとで、十六文。 こまかい持ち合わせがない。 では又、毎日参りますので。

 (トーフ屋さん)、とうとう声が出ないで、手を振っている。 ヤッコを二丁。 チュウチュウ、ドドドッ! 二十四文です、たくさん釣りが出来ました。 すまん、わしは一文無しだ、払うお足がない。 小商人(こあきんど)を、からかってもらっちゃあ困るよ。 からかってない、恥を申すが、去年の暮から一文無しだ。 おせち、年越しそばもなしに四日目、その方の声を聞いた。 言い訳ばかりだ、それがしも武士の端くれ、この形で腹を切ることにする。 待って下さいと、七兵衛が家の中を見ると、生きていく道具はない、本ばかり。 学者先生、物識り屋、頭がいいんでしょ、それを使って稼げるんでしょ、商いをなさい。 学問をすれば、わしの後ろにいる何千人、何万人が助かる。 学問を捨てることはできない、世に出るまでは。 わかりました、恵むんじゃない、お前さんの後ろにいる何千人、何万人の人を助けるんだ。 遠慮しないで、豆腐二丁と、それに、おからを。 あの兎の餌。 したじをかけて、朝昼晩と食いなさい。 久しぶりに、温かい食べ物を食べたが、よいものだ、と涙でぐちゃぐちゃ。

 トーーフィーー! 出掛けるよ。 ちょいと、お待ち、どこへ行くんだ、浮気してるんだろ、どこかにいい女がいて、弁当箱持ってくんだろ、間男、「おからでお大事に」って。 ヤッコ先生だよ、これこれこういう訳だ。 面白いじゃない、お結びかなんか作ろうか。 トーーフィーー! おから屋さん! 少し元気になりましたね、うちのカカアが、お結びはどうかって。 白いマンマのお結びか、パクッ、アグッ、アグッ! 一つくらいで、泣かないで。 まともに食ってないから。

 豆腐屋の七兵衛、ある日悪性の風邪に罹り、寝込んで一週間経った。 ヤッコ先生が気になる。 向うから来ればいいんだが、水臭え。 いつもより早目に、トーーフィーー! とんとん、先生、ヤッコ先生いないよ。 お隣に聞いてみよう。 こないだ、お侍が沢山来て、大八車に本を積んで持ってった、あの人も連れて行かれて、いないよ。 毎日、運んでいたのに、戻る気配がない。 貸家札が出て、五月、若い夫婦が越して来た。

 秋風が、十一月には冷たい風になる。 変な臭いがして、どこから火が出たのか、燃えて来て、危ないことになった。 火は豆腐屋を包み込み、店が焼け潰れた。 翌朝、何も無くなった、せっかく親方にしてもらったのに。 悪いことは、何もしていないのに。 どうする、首をくくるしかない。 親方が見舞に来た。 親方、こんなことになっちゃって。 しかたがない、生きていりゃあ、いろんな坂の上り下り、ま坂ということがある、また二人でウチで居候すればいい。

春風亭柳枝の「六尺棒」2025/01/19 07:57

 柳枝は太目、紫の羽織に、薄紫の着物。 柳家喜三郎師とほぼ同期で、一緒に旅行に行く、落語の旅では行けない所で、恐山や、広島は瀬戸内海の無人島とか、佐渡島では遊廓の建物の旅館に行った。 すごいボロボロ、志村けんのようなお婆さんが出てくるかと思ったら、普通のご主人だった。 家内が帰って来ました、いらっしゃいませ、と出てきたのが、その通り志村けんみたいで。 古いものが博物館のように飾ってあるのだが、あんな大きな蜘蛛の巣は見たことがなかった。 高浜虚子の短冊、亀田鵬斎の書が屏風になっている。 本物ですか? 本物ですよ。 しかし、その鑑定書が、セロテープで貼ってある。

 遊廓に居続け、七日、八日、そろそろ帰らないと、と考える、九日、十日、懐があやしくなってきて、昼間は帰れないから、夜中に帰る。 俥屋、止めてくれ! お宅は、少し先でしょう。 真ん前で止めてみろ、親父が怒る、火に油を注ぐようなもんだ。 いい家、立派な店、親父さえいなければな。 何だ、酒屋のブチが吠えて……、忘れられたか。 昼間、番頭に手紙を書いた、戸を開けておけと。 番頭は、粋も甘いも噛み分ける男だからな。

 開かないぞ、何だ、鍵をかけたのか。 トントントン、番頭! 佐平! 伴造! 銀蔵! 長松! 定吉! どなたでしょう、夜分どんどんお叩きになるのは? 親父だ。 遅くなりました、開けて下さい。 商人(あきんど)の店は十時まで、ご用は明日に願います。 あたくしです。 あた・くしさんですか、ご用は明日に願います。 お父っつあん、倅の幸太郎です。 幸太郎のお友達ですか、ウチにも幸太郎というヤクザな倅がおりましたが、遊びが過ぎまして、親類一同相談の上、勘当ということになりました。 だしぬけに勘当、だし勘はない、後継ぎはどうするんだ。 後のことは心配するな、と幸太郎にお言付け願います。 そもそも二十五年前、私はお父っつあんとおっ母さんが仲良くして、粗製乱造した……。 やかましい、隣の近田さんの清蔵さんは商売熱心で親孝行、清蔵さんの爪の垢を呑ましたい。 明日の朝、養子を取ることにする。 勘当になったら死にます、首を吊って死にます。 勝手に死ね。 やっぱり、死ぬのやめます。 火を点けます、お茶屋のマッチがある、俵があるからパチパチメラメラ燃える。 火事になって、♪燃えろーよ、燃えろーよ、チャンチャカチャン!

 馬鹿野郎、六尺棒でかっぱらってやる。 出てきたよ。 長い物、振り回して。 危ない親父だ、逃げろ、逃げろ。 塀の上に上がって、六方踏んでる…。 路地に入っちゃおう。 つむじ風のようだ、親父、足早いな、でもゼイゼイ言ってるよ。 子供の頃、隠れん坊してた、この塀をくぐれば……、家の前へ出たよ。 戸、開いてるね、入ってもいいってことだ。 ただいま! 鍵も閉めましょう。

 腰が痛い、今日は帰って寝るとしよう。 番頭が気を利かして締めたのか。 番頭は、粋も甘いも噛み分ける男だからな。 鍵がかかってる、馬鹿な番頭だ、金を使い込んでるかもしれない。 トントントン、番頭! 佐平! 伴造! 銀蔵! 長松! 定吉! どなたでしょう、夜分どんどんお叩きになるのは? 商人の店は十時まで、ご用は明日に願います。 あたしだ! あた・しさん、親父の喜左衛門のお友達でしょうか? 馬鹿野郎! うちの親父は、飛んだ働き者で、日本中の金を集めかねない、勘当ということになりました。 そう、喜左衛門にお言付け願います。 やかましい。 隣の近田さんのお父っつあんは、酒飲みで、女郎買いや遊びが上手、親父にあのお父っつあんの爪の垢を呑ましたい。 幸太郎! そんなに真似がしたけりゃあ、六尺棒を持って、追いかけて来い!

三遊亭花金の「王子の狐」2025/01/18 07:08

 15日は、第679回の落語研究会、笑遊門下「はなきん」と名乗り、あけましておめでとうございます、と新年最初の会の開口一番だから、きちんと挨拶した。 こげ茶の着物に、黒の羽織。 二ッ目、早稲田のオチケン出身だそうだ。 ○や×、10点満点でいくつなどと、メモなさらないように、と。

 ある男、稻むらで狐が頭に葉っぱをのせ、十七、八の綺麗な娘さんに化けるのを見た。 まわりには誰もいないので、私が見込まれたかと思ったが、玉ちゃんじゃないですか、と声をかける。 お兄ィさん、久しぶり、友達とはぐれて、困っているの。 家まで送るよ、お父っつあんとおっ母さんは元気? 料理屋の扇屋さんにちょっと寄ろうと思うんだ、玉ちゃん、つきあってくれるかな、終わりが先になるけれど。

 二階、空いてるか。 お銚子を四、五本と、玉ちゃん好きな料理は? 油揚げ。 揚げるものがいいか、天婦羅を二人前。 私はお刺身を。 しばらくぶりだね、。 お酌はいらないよ、こっちに綺麗なひとがいるんだから。 玉ちゃん、飲めるの知ってるよ、(小声で)御神酒が上がってるから。 玉ちゃん、お酌をしてくれるのかい。 (小声で)馬の小便じゃないだろうな。 玉ちゃんも、どんどんやって下さい。 いい人、いるんじゃないの? いない。 おじさんに任せて、毛並みのいい……、人柄のいい人を探してあげるから。 ほんのり、狐色……、桜色になったね。 お兄ィさん、酔いました、眠くなってきて。 そこに横になるといい、床の間に紙を敷いて頭をのせて。 狐は、クーーッと、寝息を立てて、寝てしまう。

 トントントンと、階段を下りて。 お帰りですか? この先のおじさんの所へ行くんで、手土産に玉子焼を三人前、財布は連れに預けてあるから。 余り長く起きて来なければ、起こして下さい。  お清、お客様を起こしてきなさい。 もし、お客様。 アッ、はい、寝込んでしまって、連れは? お帰りになりました、お土産の玉子焼を三人前持って、お勘定はあなたからいただくように、と。 エッと、驚いたとたんに、耳がピョンと立って、尾っぽが出たから、お清が驚いた。 階段を、ダ、ダダ、ダーーンと、落っこちた。 狐です! シッポを出しました、足でなく…、本当の狐! 夫婦(めおと)で来たんだね、雄狐は不細工だったけれど。 取っ捕まえなきゃ、と追い回すと、狐もイタチの仲間とみえて、最後っ屁を一発ひって、ケーーンと逃げた。

 只今、戻りました。 旦那様、お帰りなさい。 実は、狐がこれこれで。 お前たち、お狐様を追い回して、ぶったりしたのか? ここはどこだと思っているんだ、王子だよ、われわれはお狐様のおかげで商売しているんじゃないか、それをぶったりしたのか、祟(たた)りが大変だ、今日は早仕舞いにして、みんなでお詫びのお参りに行こう。

  男は、ありがたいと、おじさんの家へ。 こんばんは! ご機嫌だな。 これお土産です。扇屋の玉子焼か、豪儀なもんだな。 こんな訳で。 冗談じゃない、受け取れないよ、狐をだますなんて、祟るぞ、今頃、家じゃあ、おかみさんがすっ裸で踊っているだろう。

 おじさんにそう言われて、お詫びに行く。 可愛らしい子狐ですね。 奥の穴で、うなり声がする。 おっかさんが、悪い人間に騙されたって…、寝ている。 これ、お詫びの品です。 くわえこんで行ったよ。 身体が痛む、なに訪ねてきた、人間なんて、執念深いものだ。 坊のこと可愛いと褒めてくれて、お詫びの品だと、美味しそうな牡丹餅をくれた。 食べるんじゃない、馬の糞かも知れないよ。

「仕事始」と「雪」の句会2025/01/17 07:22

 9日、『夏潮』渋谷句会があった。 兼題は「仕事始」と「雪」、私はつぎの七句を出した。
初仕事出掛ける靴の重さかな
振袖でモニター睨む初仕事
伊勢詣で総理大臣初仕事
東京の雪で転びしこともあり
雪降ればいつもの庭も別嬪に
圧倒や立山大谷雪の壁
雪卸し八十歳が死んだとか

 私が選句したのは、つぎの七句。
句に対す即ち初仕事かな       英
句会場の予約に行くも初仕事     作子
装ひて麗わしき人初仕事       庸夫
読経の声さえざえと雪の寺      伸子
雪晴の遠富士に見ゆ青き襞     幸枝
外界の音吸ふやうに夜の雪      淳子
今朝よりの街の静けさ雪積る     なな

 私の結果。 <振袖でモニター睨む初仕事>を耕一さんが、<雪降ればいつもの庭も別嬪に>を美保さんが、<雪卸し八十歳が死んだとか>を盛夫さんが採ってくれて、互選3票、主宰選は無し。 初句会、チョボチョボに終わったのであった。 披講で<雪卸し八十歳が死んだとか>に、「紘二!」と名乗ると、笑い声が起こった。

 本井英主宰の総評。 今回は誰もが経験する兼題だったので、いろいろな人生や年齢を読めて、面白かった。 それぞれが、その生涯を振り返るのも、大きな意味では写生だ。 みんなと同じような経験を、同じように詠むのもいい。 敢て違えようとすると、際どい句になってしまう。

私は採らなかったが、人気のあった句に、和子さんの<探し物より始まりぬ初仕事>があって、そんな様子の家内に報告したのであった。