創立150年への宿題<等々力短信 第946号 2004.12.25.>2005/06/23 06:42

 8月20日、平山洋さんの『福沢諭吉の真実』(文春新書)という衝撃的な本が 出た。 帯に「慶応義塾も福沢研究者も岩波書店も、すべてが気づかなかった 全集と伝記に仕掛けられた巧妙なトリック」とある。 平山さんは、1925年の 大正版『福澤全集』、1933年の昭和版『続福澤全集』を編纂し、『福澤諭吉伝』 全4巻(1932年)を著した石河幹明を名指しして、その犯人だという。 それら の全集を継承した現行『福澤諭吉全集』全21巻(1958年)では「時事新報論集」 が9巻を占めている。 その全てが福沢の筆ではないことは1996年から大妻 女子大学の井田進也さんが「無署名論説認定基準」によって指摘してきた。 平 山さんは石河幹明が、時流に合わせ、領土拡張、天皇賛美、民族差別という自 らの主張に沿って、自筆の論説をもぐりこませたり、福沢や他の記者のものを 取捨選択し、福沢を大陸進出論の思想的先駆者に仕立てたというのである。

 石河幹明とは、どんな人物だったのか。 私はまず「石河幹明の真実」から 始めなければならないと思った。 富田正文さんの「石河幹明氏を語る」 (1988・89年『福澤手帖』59・60・61号)を読む。 石河幹明は人名辞書にも 出ていない、『福澤諭吉伝』の著述と正続『福澤全集』17巻の編集以外には仕 事が残っておらず、『時事新報』以外に書かなかった(ペンネームは「碩果生」)。  福沢生存中は陰の人で女房役だったが、没後は主筆として全部で2300編の社 説を書いている。 大逆事件と乃木大将の自殺に対する論説は大したものだと いう。 松崎欣一さんの「石河幹明―福澤諭吉の名を今日に伝えた人々(2)」(『三 田評論』6月号)は、福沢書簡から見た石河の姿を描いている。 『時事新報』 記者駆け出しの頃は文章も下手で、編集長に反抗したりしていたが、4、5年で 福沢の納得する社説原稿が書けるようになった。 福沢は晩年も『時事新報』 の編集に子細な指示を出す一方、石河達を旅行や芝居見物に誘い出し休息の機 会を与えようと気を配ったりしている。 俵元昭さんは「義塾の先人たち11」 (1990年6号『塾』)で、石河には、伝記編纂中に情報売り込みを断った他に、 逸話、挿話、秘話の類が一切ない、趣味も、避暑のほか植木屋の指図くらい、 謹厳温厚実直の人だったと書いている。

新年からは、2008年の慶應義塾創立150年に向けて、井田進也さん の方法をとっかかりにして、「時事新報論集」についての議論を活発に するとともに、ぜひとも『福澤諭吉全集』のCD-ROM化を実現しても らいたいと思う。

コメント

_ 平山 洋 ― 2005/10/09 11:10

『福沢諭吉の真実』の作者です。拙著をお取り上げくださり、ありがとうございます。

福沢全集中の「無署名論説」の起筆者認定は、非常に重要な問題と考えますが、岩波書店も福沢諭吉協会もなかなか重い腰をあげてはくださいません。

その理由につきましては、下の記事をご参照ください。

http://blog.goo.ne.jp/joseph_blog/e/da786c657924f4ea7c1ff692b919f442

_ 轟亭 ― 2005/10/11 11:28

著者ご自身のコメント光栄です。 福沢研究センターのセミナーでお見かけし
たことがあります。 私のブログはどのようにお知りになりましたか。 本文
にも書きましたが、平山さんのご本をきっかけに、活発な議論の展開を期待し
ましたが、なかなかですね。 今後ともよろしくお願いします。

_ 平山 洋 ― 2005/10/11 15:50

こちらこそよろしくお願いいたします。

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