小林英樹著『ゴッホの遺言』<小人閑居日記 2005.8.16.>2005/08/16 08:11

 ゴッホの弟テオの未亡人・ヨハンナについて、何かよい本はないかと思って図書館に 行き、ぴったりというか、ものすごい本に出合った。 小林英樹さんの『ゴッホの遺言  贋作に隠された自殺の真相』(1999年・情報センター出版局)である。 小林英樹さんは 画家、1958年日本初の大きなゴッホ展が東京で開かれた時、10歳だったというから、 いま57歳くらいの人だ。

 小林英樹さんは、偶然目にした一枚のゴッホのスケッチを贋作であると直感した時か ら、その解明にのめり込む。 その探求の過程で、死を目前としたゴッホの心境とその 周辺が明らかになってくる。 それによって、ゴッホの自殺についてのイメージが根底 から覆される、という仮説を提示したのが、この本である。 そのスケッチというのは、 アルルの黄色い家の右側にベッドのある有名な「寝室」の油絵と同じ構図で描いたもの だ。 1888年10月中旬ゴッホがテオに送ったとされているもので、オランダの国立フ ァン・ゴッホ美術館が所蔵しており、画集や評論によく出てくる一枚である。 ゴッホ の死後、ゴッホ家が管理してきたものとされ、1973年200点余りの油絵や数百点にお よぶスケッチ類や手紙などの資料とともにオランダ国家に永年貸与された。

 テオはゴッホの死後、自分のアパルトマンでゴッホの作品の展示会を開いたりするが、 普通の生活ができずに入院し、精神病院を二か所移り、ゴッホの死後半年たらずでオラ ンダの精神病院で死んでしまう。 ヨハンナ(ヨー、と小林さんは書く)は結婚して2年 たらず、1歳に満たない息子ヴィンセント(ウィレム、と小林さんは書く)を抱えて、未亡 人になった。 彼女はアムステルダムの実家から20数キロ離れた、学生時代の友人の いた村へ移り住む。 その時、ゴッホの膨大な作品や手紙など、テオが残したものをそ のままオランダに持ち帰った。 兄アンドリースなど周囲の者の、ゴッホの作品を「始 末」してしまうようにとの勧めに従わずに、大作、小品の区別なく、すべてを自分で管 理していくことを決めた。 今日、ゴッホの作品が見られるのは、このヨハンナの判断 によるのであり、それはヨハンナの功績である。