情感と風情、「述ベテ作ラズ」 ― 2006/05/21 08:09
丸山徹経済学部教授は「小泉信三と作家たち」で、まず小泉さんが森鴎外の 『即興詩人』が好きだった話をし、絶世の美女が何人も登場する物語を、滔々 と語った。 小泉さんは、青年のような心を持って、ドラマの豊かな情感を好 み、多くの読者と同じくイタリア旅行の時はその一巻を携えて行った(そういわ れれば最近、森まゆみさんの本も出た) ように、その背景設定の風情が好きだ った、という。 そうした嗜好の小泉さんは、川端康成だと『古都』の、人物 よりほとんど町が主役のような京都の風物がいいと、清滝川を遡って北山杉の 美しさを見に行ったりする。
森鴎外の『渋江抽斎』、幸田露伴の『運命』、夏目漱石の『文学論』『文学評論』 に共通する創作態度は、「述ベテ作ラズ」(論語)の姿勢だと、丸山さんは指摘す る。 鴎外は『渋江抽斎』から始めた史伝で、客観的事実にもとづいて書くこ とによって、文学としても飛躍的に高まるのを示した。 「一の誇張も粉飾も ない叙事の間に、読者は自ら滲み出る作者の感情と感慨に触れざるを得ぬ」(小 泉信三『読書雑記』) 露伴の『運命』にも、客観的事実以外は書かずに、読 者の喜怒哀楽をふるい起こす筆の力がある。 登場人物一人一人の性格を、親 しい人のように細かく描きながら、全体に乱れがない構成力があり、文章の格 調が高い、という。 『文学論』『文学評論』には、理論家としての漱石の追求 力(推理力)が示され、自分が考え抜いて決めた善悪良悪の強い基準、モラル・ バックボーンがある、という。 「独立独想、苟(いやしく)も自分の納得でき ないことは如何なる権威者にも従へぬといふ、学者的精神のそこに力強く示さ れてゐる」(『読書雑記』)
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