『三田評論』小泉信三追悼号2006/05/23 07:33

 丸山徹さんは、小泉信三さんと幸田露伴の『運命』についての話で、小泉さ んが経済学の授業に、一時間『運命』を語ったという吉野秀雄さんの歌が『三 田評論』の小泉信三追悼号にある、と言った。 それは表紙が安田靫彦さんの 小泉さんの絵で、「追悼・小泉信三」とある昭和41(1966)年8・9月号で、私も 保存していた。 編集後記を土橋俊一さんが書いている。 今月の『三田評論』 は「小泉信三君 没後40年」、編集後記に「福澤先生以外すべての社中は平等 であるとして、敬称としての「君」を使い続ける塾の良い伝統と気風をあらた めて示したい、との考えから「君」としたもの」と、ことわりがあった。

 それで吉野秀雄さんの歌だが、「教室の講義さしおき露伴作「運命」説きしき みを忘れめや」というのだった。 「小泉信三先生を偲ぶ」八首には「堀江気 賀いまだ衰えず高橋と並び若かりし君をしぞおもふ」「ドイツ語の疑問軽んぜず 気賀さんに確かめ来むといひし君はも」というのもある。 堀江帰一、気賀勘 重、そして高橋誠一郎という教授達である。 私の頃、高橋誠一郎さんはまだ 教えておられたが、気賀さんは息子さんの健三さんの方の講義を聴いた。 私 の好きな歌は「わが耳の底に残るはさびのある清き聲にて語尾ひきしまる」。 小泉信三さんの「謦咳に接する」ことが出来た者は、ひとしく同感するであろ う。

 それにしても、『三田評論』小泉信三追悼号、なんと素晴しいたくさんの方々 が文章を寄せていることか。 そして、その多くが故人になられている。