「宿神(しゅくじん)」とは何か2008/03/14 06:44

 夢枕獏さんは、どうすれば「夢枕獏さん自身の西行」を描けるかと考えて、 日本最古層の神である「宿神」という切り口を使った。 西行は晩年、本地垂 迹説にいたった。 「歌は、仏の真言・神の祝詞」と明恵上人に語った、とい う(『栂尾明恵上人伝記』)。

 小説『宿神』は、序の巻「精霊の王」で、まず桜のもとで精霊たちに魅入ら れたように鞠を蹴る少年が現れ、十七歳の藤原璋子(たまこ)が琴を弾いてい る内に精霊の声が聞こえ憑きものにつかれる入内の晩の出来事が語られる。  物語では猿顔の呪師(のろんじ)申(さる)という男が重要な役回りを演じ、 地を這い、集まっていた影のようなものたちを、動かすことが出来る。 西行 となる佐藤義清も、待賢門院となる璋子も、その闇の裡(うち)にあらわれる 不思議な気配を感ずることが出来る設定になっている。 璋子は「そなた、も しかして、あれが見ゆるのか…」と、義清に言う。

 「連載を終えて」で、夢枕獏さんは、この奇妙な神のことを教えてくれたの は宗教学者の中沢新一さんだと書いている。 それで序の巻の題が、中沢さん の著書『精霊の王』と同じになっているわけだ。 宿神、石神(しゃくじん)、 摩(魔)多羅神(またらじん)、後戸(うしろど)の神、ともいうらしい。 そ の神は、日本最古層の神にして縄文の神、すべての自然物、あるいは自然現象 の背後に、この神がいる。 別名、翁(おきな)。 つまりこれは宇宙原理であ る大日如来のことではないか、と夢枕獏さんは考えた。

 自然界のあらゆる事物は、具体的な形象をもつと同時に、それぞれ固有の霊 魂や精霊などの霊的存在を有するとみなし、諸現象はその意思や働きによるも のと見なす、日本古来のアニミズム信仰が、西行を語る切り口となったのであ る。