小三治の「小言念仏」2008/06/04 08:05

 小三治は、出囃子が進んでも、なかなか出てこなかった。 師匠小さんは、 何かをおしつけることはしない、噺を教わったかといえば、一つも教わってい ない。 盗め、と言った。 ほかの師匠の噺を無断でやっていると、しかられ た。 ドロボウと同じだ、と。 それが、こういう複雑な人間をつくった。 人 間が良くなけりゃあダメというだけだから、みんなノビノビ、和気藹々、罪の ない一門になった。 おっと、たいしたヤツ、いませんね。

 車の番号が好きなのを選べるようになって、532番にした。 もっとも、せ んから一門の野球のチームで、背番号は532番だった。 あとから出る小さん は、車に356番をつけてた。 今は853番、8は柳家のヤだという。 訊いた ら、車を買い直したんだそうで、小さんになったために、どこで災難が来るか、 わからない。

 師匠の小さんは南無妙法蓮華経で、音色の違う木琴みたいなのをキンコンカ ンコンやる、陽気な宗旨だった。 陰気なのが南無阿弥陀仏、と「小言念仏」 に入る。 扇子で調子を取りながら、ナムアミダブの合いの手に、おばあさん に小言を言う。 仏壇の天井に蜘蛛の巣が張っているに始まって、お花入れと け、線香立てに線香よりマッチの方が多い、おもりものの下げ方が早い、一つ ぐらい俺に取っておけ、子供起して学校へやれ、鉄瓶の湯が滾っている、おい、 ナムアミダブ。 メシが焦げ臭い、お隣です、若夫婦なんだから注意しなきゃ あいけない、赤ん坊が這って来た、連れてけよ、バァー、赤ん坊が何か考えて る、気をつけろ、首まげたまま考えている、あーやっちゃったよ。 鉄瓶の湯 ちょっとたらして、雑巾で拭くんだ、畳の目なりに拭け、そんなことをされた ら信心に身が入らないじゃないか。 おつけの実、何にしましょう?、お芋は 胸が焼けて屁ばかり出る、ドジョウ屋を呼べ、「ドジョウ屋!ドジョウ屋!」。  一合いくらだ、十二銭、高いんじゃないか、二銭まけろ。 ドジョウ屋が向う 向いてる間に、二三匹入れちゃえ、だめだった、惜しいことをした。 そのま ま火にかけろ、鍋のスキマから酒入れろ、あばれ出したら鍋の蓋を押さえろ、 腹出して浮いちゃった、ザマアミロ。

 笑った、笑った。 こんな、なんでもない話が可笑しいのは、小三治ならで はのものである。 左中間の真ん中をゴロで抜けていって、満塁の走者を一掃 した三塁打としておこう。