ハンマースホイの静謐<等々力短信 第993号 2008.11.25.> ― 2008/11/25 06:53
国立西洋美術館の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展を見た。 高を括って行ったので、大入り満員だったのにびっくりした。 NHK「新日曜 美術館」が紹介した直後だったが、それだけではなさそうだった。 「フェル メールを思わせる写実的な室内表現」が、東京都美術館の「フェルメール展」 との相乗効果を生んだのかもしれない。 さらに、ハンマースホイ(1864-1916) には、物語がある。 このデンマークの画家は、生前ヨーロッパで高い評価を 得たが、没後、急速に忘れられ、近年再び脚光を浴びるようになった。 ポスタ ーの「背を向けた若い女性のいる室内」の印象が強烈で、どうも、黒い服を着 た女性の後姿や、ほとんど家具がない固く閉じられた白い扉の部屋ばかり、描 いたらしい。 その静けさは、人を惹きつけずにはおかないのだ。 画家が寂 しければ、それを見に行く人々もまた、それぞれに寂しいということだろうか。
90点という予想外の数の作品が来ている展覧会を見てみると、必ずしも後姿 だけではない。 初期の妹アンナの肖像はもちろん、コペンハーゲンのストラ ンケーゼ30番地のアパートにいる妻のイーダも、こちらを向いているものが ある。 妹の肖像がとてもいい、そしてその作風と題材が、生涯にわたって一 貫していることがわかる。 外景では、住居に近いクレスチャンスボー宮殿を 繰りかえし描いているし、ロンドンの街や、ところどころに森のある草原の風 景も描いている。 しかし、どれもグレー系統の色を多用して、霧のかかった ような、独特の静寂に満ちている。 見ていると、気持がしんと落ち着いてく るような気がする。 私の好きな有元利夫や、版画の浜口陽三の世界に通じる ものがある。 ハンマースホイは、寡黙で人と打ち解けず、人前に出るのも嫌っ ていたという。 ドイツの詩人リルケは「絵を描くことしかできず、描く以外 のことはするつもりがない」と評しているそうだ。 その空の色を見ていて、 彼の絵には画家の心象に加え、北欧の気候風土が、深刻に反映されているので はないかと思った。
ハンマースホイを見ながら、『三好達治詩集』にある「冬の日」を思い出した。 ああ智慧は かかる静かな冬の日に/それはふと思ひがけない時に来る/人影 の絶えた境に/山林に/たとへばかかる精舎の庭に/前触れもなくそれが汝の 前にきて/かかる時 ささやく言葉に信をおけ/「静かな眼 平和な心 その 外に何の宝が世にあらう」
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。