海外クルーズの魅力2008/12/06 08:15

 11月26日は、三田演説会のあと、仲間内の情報交流会があって交詢社へ回 った。 同期で株式会社クルーズバケーション社長の木島榮子さんの「もっと 知りたい海外クルーズの魅力」という話を聴いた。 木島さんは、文学部英文 科と体育会硬式庭球部の卒業、ニューオリエント・エキスプレスに入ってクル ーズの企画・添乗に従事したのを皮切りに、海外クルーズビジネスの魁となり、 一貫してこの仕事に携わって来た。 クルーズマスターの資格を持ち、経営の 会社は欧米の各客船会社の日本地区販売総代理店になっている。

海外クルーズというと、豪華で高額の旅行、毎日海の上で退屈、日程が長く、 長期休暇が必要、毎晩のドレスコードが面倒、外国客船は言葉がわからない、 などといったイメージがある。 木島さんは、それを一つ一つ反論して、クル ーズの魅力を語った。 高いといわれる料金の中には、運賃、部屋代、食事代、 船内の娯楽のすべてが含まれている(オールインクルーシブのトータル・バケ ーション)。 もともと夏のシーズンに解放されて遊ぼうというものだから、け して堅苦しいものではない。 荷物の移動のない楽な旅行で(中高年に喜ばれ る)、自分の部屋にいて観光地に着くようなものだ。 目覚めれば、新しい街、 新しい国。 セキュリティーが充実した安心の旅行。 効率のよい旅行。 団 体旅行でありながら、個人旅行の自由もある。 インターナショナルな出会い と癒しの旅行。

 1970年代初めから、アメリカでカリブ海を中心とする短期間で安いクルーズ が誕生し、若い人も参加するようになって、ブームが起きた。 多様で豊富な 商品があり、日本船4隻、外国客船280隻があるが、最初に、外国船に乗って もらいたいと、木島さんは言う。 おすすめは、1週間のアラスカ・クルーズ、 そしてカリブ海・クルーズ、20万円~40万円だとか。 急激な円高で商売は 大変だが、お客さんには絶好のチャンスだという。

「素粒子」(朝日新聞)こどもの日記風2008/12/07 07:11

 民放の暮の歌謡番組を見ていたお父さんが、ぶつぶつ言っています。

「最近の歌手は気の毒だな。 大音饗の中で歌っているもんだから、若いのに 耳が遠くなって…。 みんな補聴器をつけているじゃないか」

           ×    ×    ×

(EXILEを見ながら)「二人が歌って、まわりでふらふら体操している五人も 養っているんだな。 歌い手はストレスがきついんで、一人がバッテン・ハゲ になっている」

           ×    ×    ×

「加山雄三は出ていないな。 殿堂入りを果したからな、パチンコの…」

ある「等々力短信」読者からのメール2008/12/08 07:02

「等々力短信」への反響は、毎月必ず返信を下さる二、三の読者総代を除い て、きわめて少ない。 年末にあたって、ある友人からメールが来た。 面白 い上に、日頃の無沙汰への遠慮からか、文章まで褒めてくれているので、嬉し くなって、その一部を引用することにした。

――――引用はじめ――――

我が家の冷蔵庫に等々力短信がはってある。 額に入っているわけではない。 2007年6月25日付けの『長生きしそうな話』である。 時々家内が大声で後半を朗読する。 家庭争議が発生したときである。 山田邦博さんの「おはようございます」、「ありがとう」 「ごめんなさい」のくだりである。 ”あなたはわたしに「ごめんなさい」と謝ったことはない” と家内は責めるのである。 ”そんな亭主の沽券にかかわる言葉がいえるか!”ーと 啖呵を切って、我が家はますます紛糾する。 休戦後、毎回、それだけ等々力短信の文章は強い磁力をもっていることを あらためて痛感するわけである。 しかし最近、よく読んでみて気がついた。この文章には筆者が、奥さんに 「ごめんなさい」と言っているとは一言も書いていない。 それでいて読者に納得させるのも執筆者の筆力であろう。

――――引用おわり――――

 なお、文中にある2007年6月25日付けの『長生きしそうな話』というのは、 下記のところにある。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2007/06/25/1602818

上野浅草フィルの「椿姫」2008/12/09 07:12

 6日、いずれ書く福澤諭吉協会の土曜セミナーのテーブルで、<小人閑居日 記>の取り扱う範囲は広いけれど、「ゴルフ」は出ませんね、と言われた。 「雑 学で…」といい、「ゴルフ」はやらないし、「音楽」も弱いから出てこない、と 答えた。

7日は、また浅草へ行った。 吉原でなく浅草公会堂へ、去年の11月23日 「前川の鰻と上野浅草フィル」に書いたチェロを弾く友人のコンサートに出か けたのである。 実は6月29日の演奏会にも行き、ほとんど寝ていて、アン コールのエルガー「威風堂々」で目を覚ましたので、これは書かなかった。

今回の上野浅草フィル第45回定期演奏会は、メンデルスゾーン/交響曲第4 番 イ長調 作品90「イタリア」と、ヴェルディ/歌劇「椿姫」ハイライトだっ た。 トウシロウにとって、「イタリア」はともかく、キヤッチ・コピーに「乙 女浪曲師が語り、気鋭の歌手がむせぶ」とある「椿姫」がよかった。 浅草で は1916(大正5)年から関東大震災までの6年間、オペラやオペレッタが盛ん に上演され、この大衆的な「浅草オペラ」には「ペラゴロ」と呼ばれる熱狂的 なファンもいたという。 それを意識した上野浅草フィルの「椿姫」は、狂言 回しの「性別:乙女」と称する浪曲師、玉川奈々福の語りでわかりやすく、ヴィ オレッタの羽山弘子はもちろん、アルフレード・秋谷直之、父ジェルモン・泉 良平も熱唱、楽しい舞台となった。 「ベアトリーねえちゃん」式に日本語で やったら、さらに親しみやすかったと思うが、それでは恰好がつかないのだろ うか。 やや裏方となったオーケストラのメンバーだが、こういう曲の演奏は 楽しいだろうと思われた。

福沢の「智徳の進歩」を考える2008/12/10 06:37

 6日、福澤諭吉協会の土曜セミナーは松浦寿輝さん(東京大学大学院総合文 化研究科教授)だったので、楽しみにして出かけた。 松浦さんの話を聴くの は、今年、三回目になる。 5月30日福澤研究センター開設25年記念講演会 の「福澤諭吉のアレゴリー的思考」(6/8-6/11の日記参照)、11月1日折口信夫・ 池田弥三郎記念講演会の「柄傘(カラカサ)と力足(チカラアシ)―〈気〉と 〈土〉の詩学」(11/3-11/5の日記参照)、それぞれ面白かったので、くわしく書 いている。

 今回の演題は「福澤諭吉と「智徳の進歩」」だった。 フランス近現代の文 学や文化を研究していて、19世紀後半から起きた大きな変化に注目した。 そ の「近代」というのは、どういう意味を持つのかを、考えていると、ほぼ同時 に日本でも同じような変化が起きていた。 明治の思想史を掘り返していて、 福沢諭吉と中江兆民に、はまった。 その言説の空間は、豊かな時代だった。

 『文明論之概略』第三章で福沢は、「文明とは、人の智徳と進歩」だと言っ た。 第六章「智徳の弁」で、「智徳」を定義して、「徳」とは徳義、西洋の語 で「モラル」(心の行儀)、「智」とは智恵、「インテレクト」。 この徳義にも 智恵にも、それぞれ二様の区別があり、「私徳」と「公徳」、「私智」と「公智」 という四つのカテゴリーがある。 その中で、最も重要なものが「公智」であ り、これを「聡明の大智」といってもいい、と。

 丸山真男は、福沢をプラグマティストと呼んだ。 福沢は、正論を言うだけ でなく、その時々の状況に応じて、まず明治国家にとって大切なものは何かと いうように、言うべきことを主張する「公智」が大事だとした。 それは「徳」 =「モラル」こそ大事という狭量な日本主義者の主張に反するものだった。 (つづく)