喜多八の「煙草好き」2009/07/28 07:04

 喜多八は例によって、お互い去年の夏の疲れがまだ取れませんな、と出てく る。 見ての通りの虚弱体質、仲間内では殿下と呼ばれている、と。 今日の は研究会らしい大ネタ、1時間50分かかるところを、20分にまとめると、煙 草の雑談にかかる。 早い話が、噺の本体は短いのだ。

 ハンフリー・ボガードが『マルタの鷹』で、両切りの巻き煙草に火を、探偵 なので電話しながら、片手でマッチをシュパーッと擦る、いいかたちだった。  モク拾いのマァーちゃんは、どうしているかな、もういい年だろう。 小さな バーに、コートの衿を立てて入り、「かまわないでくれ」と端に座る、上品でな いご婦人がいて、ケムをぷっと吹きつけ「いくじなし!」なんて言われて…。  黒門町の師匠は、煙草入を集めていた。 明治の初年にいいものが出来た。 廃 刀令で、刀を飾る職人が、この分野に参入した。 渋谷のタバコと塩の博物館 に行くと、素人が見てもいいなというものがある。 「寝ながらにキセルで開 ける連子窓」「叩かれて放り出されて○○○○○惚れなきゃ口まで吸やしない」

 六郷の渡しあたりの街道筋、やたらに大きいキセルを持った35,6の男と、大 きなツヅラ(葛籠)を背負った60過ぎのお爺さんが出会う。 朝から晩まで、 喫みっぱなし、日に二斤は喫むという男に、爺さんは「お前さんは素人だ」と 言う。 荷は煙草入れで、日本国中のありとあらゆる煙草が入っている、キセ ルも使い分けるし、火だって桜炭でないと、と。 爺さんは、男につぎつぎに 煙草を吸わせて、産地を当てさせる。 信州の生坂を当てて見所があると言わ れ、紀州の野口、これは堅めだから上州、長崎の亀印、国府の東……と。 こ れもこれもと150服、一休みしたいというと、これを一服やんなさい、さあと 言われて、逃げ出す。 助けてくれ! 船頭がいたので、舟を出してくれ、今 一服している所だ、一朱出すからと舟に乗ると、爺さんは二朱出すから返せ。 一分には二分、一両には二両…と大騒ぎ。 男は古寺に逃げ込んで、土足で上 りこむ、住持は人を助けるのが仏の道、嘘も方便と、爺さんをごまかしてくれ た。 「物事は、やはりほどほどがいい、私は二度と煙草は喫みません。 ホ ッとしました」 「ホッとしたところで、一服やるか」