高橋誠一郎先生のお好きな絵2009/10/12 07:15

 昨日の菱川師宣「衝立のかげ」だが、次のようなことがわかった。 高橋コ レクションの内、一番古い作品で、寛文年間、1671,2年の作。 春画(12枚 セット)の、表紙というか冒頭の一枚(すぐに伏せられるように無難な)、墨摺 り、手彩色。 それがわかったのは、この日記の2007年6月18日に、8日の 「高橋誠一郎歿後25年記念講演会」での内藤正人文学部准教授の「高橋先生 と浮世絵コレクション」の話を書いていたからだった。 高橋先生の経済史学 者らしい「浮世絵」の定義のようなものもあった。 曰く「浮世絵版画は、二 百年にわたる鎖国経済の温床に育成され、開国の嵐に脆くも散ったまことに「い じらしい芸術品」である」(『浮世絵二百五十年』)

 今回の展覧会、内藤正人准教授が中心になって企画したらしく、前期の第一 室には、その講演を聴いて私の書いていた、鈴木春信「風流四季歌仙 二月 水 辺梅」、鳥居清長「雪のあした」、喜多川歌麿「高島おひさ」、歌川広重「名所江 戸百景 深川洲崎十万坪」が揃っていた。(月岡芳年「お富与三郎」=「新撰東 錦絵 於富与三郎」は後期の展示)

 高橋先生は子供の頃、『やまと新聞』で月岡芳年や水野年方の絵を好んで見て いたという。 父が土産に月岡芳年の「月百姿」(明治18~24年)の一枚をく れ、母からの小遣いで「新形三十六怪撰」(明治22~25年)を買った。 関東 大震災で所蔵の絵などを焼失した後、まず月岡芳年など明治の作家から蒐集し 始めたという。 今回の展覧会、前期には、「月百姿」の内、「大物海上月 弁慶」 と「石山月」があり、妊婦が逆さ吊りにされていて鬼婆が包丁を研いでいる「奥 州安達がはらひとつ家の図」という一番印象に残った絵は「新形三十六怪撰」 の一つなのだろうか。 水野年方は、三井記念美術館への挨拶だろう、「三井好 (ごのみ)都のにしき」から「尽ぬ名残」「休憩室」という三越百貨店風景があ った。