諸田玲子さんの『軽井沢令嬢物語』2010/09/04 06:56

 軽井沢の万平ホテルには何度か泊ったことがある。 昭和40年代初め、銀 行の本店営業部にいて貸付に三課あった。 私は新入りで事務方の一課にいた が、申請方の二課に学校の先輩で万平ホテルの一族の方がいた。 それで貸付 課の社員旅行で、なんと万平ホテルに泊ることが出来たのである。 後年、私 が銀行を辞めて家業のガラス工場で経理をやっていたら、その方がメインバン クだった支店の支店長になって来られて、親密な取引とお付き合いをすること にもなった。

 新聞広告で諸田玲子さんの『軽井沢令嬢物語』(潮出版社)を見た。 「軽井 沢令嬢」は老舗ホテルの娘だという、万平ホテルに違いないと思った。 諸田 玲子さんの『木もれ陽の街で』(文藝春秋)を読んで、「昭和26年の家庭と「恋」」 <等々力短信 第967号 2006.9.25.>に書いたことがあった。 その手腕は承 知していた。 予想通り、巻末に「この小説は、軽井沢、万平ホテルの関係者 から伺ったお話をもとに書かせていただいたフィクシュンです」という献辞が あった。

 小説では朝霧ホテルのお人形のような年子の姉妹、満智子と麻由子は、昭和 13年初夏に、小学4年生と5年生だった。 ホテルの創始者は曽祖父の武藤康 平、祖父が二代目、姉妹の父康二郎は二代目の次男である。 物語は妹の麻由 子を中心に展開する。 ホテルは、戦前のいい時代から、戦争の暗い影が忍び 寄り、戦後のGHQによる接収、昭和30年8月末の接収解除後初のダンスパー ティまでが描かれる。 麻由子自身も、東京で高等女学校に通っている時に母 を喪い、継母が来て、阿佐ヶ谷の伯母の家に一人世話になり、学徒動員で拝島 の昭和飛行機に通う。 昭和20年に女学校を卒業、父に反対されたものの、 軽井沢の遊び人だが、どこか翳のる大財閥の、銀行家の御曹司と結婚する。 だ が、夫が仲間と始めた事業が倒産、お嬢さん育ちの麻由子が進駐軍のカタログ 商品を売る闇商売に手を染めることになる(去年9月、幸田真音さんの『舶来 屋』(新潮社)で読んだサン モトヤマの茂登山長市郎会長と同じだ)。