土曜吟行会の選句と『三四郎』の池2011/01/19 07:10

 土曜吟行会、アカデミー向丘の句会で、私が選句したのは次の七句。

  冬ざるる見送り坂は江戸のうち         幸雄

  一葉の生活(たつき)の井戸の路地凍てる    静江

  冬ざるる崖つきあたり一葉居          静江

  顕微鏡医療機器店松過ぎて           昌平

  冬の日に古る学舎のテラコッタ         木兎

  着ぶくれて学生のみな賢こさう         いづみ

  寒の池陽だまりに少女一人あり         輝美

 「太い欅の幹で日暮しが鳴いてゐる。三四郎は池の傍へ来てしやがんだ。/ 非常に静かである。電車の音もしない。赤門の前を通る筈の電車は、大學の抗 議で小石川を廻る事になつたと國にゐる時分新聞で見た事がある。三四郎は池 の端にしやがみながら、不圖此事件を思ひ出した。電車さへ通さないと云ふ大 學は余程社会と離れてゐる。」「三四郎が凝(じっ)として池の面を見詰めてゐ ると、大きな木が、幾本となく水の底に映つて、其又底に青い空が見える。三 四郎は此時電車よりも、東京よりも、日本よりも、遠く且つ遥な心持がした。」  「不圖眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立つてゐる。女のすぐ下が池 で、池の向ふ側が高い崖の木立で、其後が派手な赤煉瓦のゴシツク風の建築で ある。」

 「其拍子に三四郎を一目見た。三四郎は慥(たしか)に女の黒眼の動く刹那 を意識した。其時色彩の感じは悉く消えて、何とも云へぬ或物に出逢つた。其 或物は汽車の女に「あなたは度胸のない方ですね」と云はれた時の感じと何處 か似通つてゐる。三四郎は恐ろしくなつた。」                 (夏目漱石『三四郎』より)

 東京市電(都電36番)本郷線は、明治37(1904)年1月31日、須田町― 松住町―宮本町―湯島五丁目―本郷一丁目―本郷四丁目までが開通、大正2 (1913)年3月15日、本郷四丁目―大学赤門前―大学正門前―高等学校前ま で伸びている。(新潮社『日本鉄道旅行地図帳』5号東京)