柳亭左龍の「締め込み」2011/10/01 05:07

この人の濃い顔が苦手である。 2006年6月も失礼なことを書いていた。  「真打になって柳家小太郎改メ柳亭左龍、多髪の額の生え際中央が逆三角(あれ は何というのだっけ)で、丸顔ギョロ目、犬になって上目遣いに吠えたら、ブル ドックになった。」 

 「締め込み」という題では、どんな噺かわからないが、聴けば誰もが知って いる噺だ。 その理由(わけ)は、最後に書きたい。 客をとりこもうというの で、寄席では日に一度はかけるという泥棒噺の一つだ。 空き巣に入ったら、 「七輪に火」が熾っている (「火鉢に火」ではないか) 。 箪笥の物を風呂敷 に包む。 チャッチャッチャッと雪駄の音がして、亭主が帰る。 泥棒が裏か ら逃げようとしたら、行き止まりで、台所の上げ板の下に隠れる。 亭主は風 呂敷包みを開いて、おかみさんに男が出来たに違いないと思い込む。 はーー い、どうも、ありがと! それはダメよ、あっそう、あっそう。 おかみさん が、湯からにぎやかに帰る。 夫婦喧嘩になる。 離縁状けえてやるから、出 てけ、顔を傷つけないで、出してやるんだ。 オタフク、伊勢屋の飯焚きって、 ちきしょう、くやしいね、私は行儀見習いに行っていたんだ。 八っつあん、 大工で来ていたお前さんが、お福さん、ウンと言ってくれ、ウンと言わなけれ ばこの出刃で刺す、ウンか出刃か、と言ったんじゃないか。 家へ来て、お父 っつあん、おっ母さんに、お福さまは弁天様です、と言ったのは誰だい。

 亭主の投げたやかんが、台所にコロコロ、熱いお湯がポタポタ、あたたたた と、あげ板の下から飛び出した泥棒が、止めに入る。 名乗れる立場じゃねえ が、仲裁は時の氏神という。 風呂敷包みを作ったのは、実は私。 泥棒さん が家に入ってくれたおかげで、離縁しないで済んだ、よくお礼を申し上げろ。  これも何かの縁、一杯やっていかねえか、 これから仕事があるわけじゃあな いんだろう。 泥棒さん、寝ちゃったよ。 薄いものでもかけてやんな、俺達 も寝るか、物騒だから、よく戸締りしろよ。 あら、泥棒さんはうちの中にい るよ。 お福、外にまわって、表から心張棒をかえ。

 左龍はこれで下りたが、「泥棒を中に締め込んどけ」まで言うやり方もあるら しく、それが「締め込み」の由来だそうだ。 でも、考えてみれば、外にまわ って、表から心張棒をかったお福さん、どうやって家の中に入るのだろう。

圓太郎の「ひとり酒盛」マクラと入り2011/10/02 04:35

 この日、一番笑ったのが、圓太郎のマクラだったのだが、いざ書こうとする と、面白くない感じになってしまう。 その場の勢いと、間というものなのだ ろう。 日本が誇れるものを、外国人にどう伝えるかという話である。 頭が よくて、勉強一本やりの人(東大出の外交官などを想定しているのだろう)では、 うまく伝わらない。 「タンザニア、一夫多妻制でーす」と来れば、いい国だ なあ、と思う。 「日本、なでしこ」といわれても、色の黒い、きたないねー ちゃんしか、浮かんでこない。 「富士山、歌舞伎、相撲…相撲は国技です」  「相撲はモンゴルの国技じゃないの」 「寄席がありますよ、日本代表の文化 芸能」 「寄席って何です?」 「薄暗いところに、普段着の人がたくさん集 まっていて、着物を着た人の話を聴くんです」 「それ、面白いんですか?」  「あまり面白くない」 「奥深いでーす」

 留は仕事が忙しいのに、熊さんが用があるというので、出かける。 かみさ んは機嫌が悪い。 いい酒を五合、上方からもらった。 うめぇってから、お 前を呼んだ、俺はお前が好きなんだよ。 「うれしいよ、そういう時、思い出 してくれるのが友達だ。 仕事、大丈夫だ、夜なべすれば、何とかなる。」 燗 をつけて、呑みてェじゃないか、やってくれよ。 俺は台所のことをやったこ とがねえんだ。 燗徳利が鼠入らずの上の方に二本ある。 「ひとったらしも こぼさねぇ、酒は好きだから。」 うまい酒を呑めば、七十、八十まで生きられ る、呑んだ酒がうまくねえと、とても百までは生きられねえ。 燗、まだかね え。 一本だけ出しなよ、呑みてえ酒が、うまい酒。 湯呑、正一合だ、酌し てくれんのか。 うめえ、驚いた、自慢して持って来るだけある。 灘の生一 本の元だってえが、これなら百まで生きる。 呑みてえ時に、呑むのが、長生 きする。

圓太郎の「ひとり酒盛」佳境2011/10/03 05:08

 そろそろ、それ、いいんじゃないか。 「あと二十、あと三つ。」 ちょっと、 注いでもらおう。 盛り上っている。 ぼんやりしてないで、もう一本燗つけ てくれ。 長官に敬礼! こんないい日はない、お前と酒が呑めて。 長生き が出来る。 お前、どうしたの、呑み足りないんじゃないの。 「湯呑、こっ ちへ回してくれ。」 これ、表面張力っていうんだ。 何かつまんだほうがいい よ、お前がかみさん貰ってからは気を遣う、焼海苔二、三枚あぶって、呑むほ うがいいよ。 鼠入らずに、缶があるだろう。 「何もない。」 じゃあ、あげ 板の下の古漬を出してくれ、酒、冷めちゃうから、俺がもらっておく。 うま いねえ。 男なら、腕まくりして、ズブッとやれ。 ナス、キュウリ、ナス、 魔法使いみたいだな。 すっぺえから、よくもんで。 よく手を洗え、くせえ から。 覚弥のこうこにしろ、まな板と包丁、におい嗅いでやら、犬みてえな 奴だな、警察犬で食えるよ、吠えてみな、座興に。 トントントントン、器用 だね。 キュッとしぼって、生姜も細かく刻んで、醤油くんねえ。 留さん、 こうこ、うめえよ。

 ちょいとそれ、こっちへ注いでくれ。 よくねえよ、お前、その顔は…。 す ぐに帰えってくるからなんて、カカアと約束して来んなよ。 歌でも歌ったら どうだ、歌え、歌えるか。 どどいつなんかどうだ(と歌う)。 わたしはお前 に火事場の纏い…………。 よーよーとか、言えよ。 まわりのこと、よく見 ろよ。 情歌(じょうか)なんていいよ。 巻煙草…………、灰になるまで、主 のそば。 よーよーとか、言え。 チャンチャカチャン、会津磐梯山は宝の山 よ…………、小原庄助さん、なんで身上潰した、朝寝朝酒朝湯が大好きで、そ れで身上潰した。 もっともだ、もっともだ、とか言え、何ぼんやりしてんだ。  「何がもっともだ。」 何て難しい顔してんだ、こんなことなら、一人で呑むん だった。

お前は、俺のお燗番じゃねえか、こんなに沸かしちゃって。 沸いてても、 呑むよ。 アチチチチ。 婆さんの玉子酒でも、こんな熱くなかった。 お前 は情けねえ、何だ、その目は…。 「ひとったらしも、呑んでねえ。 生涯付 き合わないからな」 『留さんが、血相変えて飛び出して行ったけど、いいの?』  大丈夫、大丈夫、あいつは昔から酒癖が悪いんだ。

志ん輔の「反魂香」のマクラ2011/10/04 05:18

 「反魂香」、わが落語ファイルには、志ん朝がこの会で演じたリストに題名が あるのと、2003年8月27日の第422回に、真打直前の古今亭菊之丞が手堅く 演って、昇進もうなずける、とあるだけだった。 題名を聞く割には、演じら れていない噺なのだ。

 志ん輔でも、国立劇場は緊張するといい(志ん朝の演目だったせいもあるの か)、トイレットの話になった。 国立のはばかりは、高いという。 そんなに 高くすることはないというほどで、実は無礼だ。 つま先立ちになる、ヨーロ ピアン・タイプのバイクのような格好でやる。 「白鳥の湖」を踊っているよ うな格好。 夜中に何度か、トイレに起きる。 昔は、敵が壊れるように、ほ しばしり出たものだが、最近は、飛沫(しぶき)も立たない。 夜中の2時半に 起き、また起きると3時半だったりすると、がっかりする。 いやな夢も多い。  一昨日は、落語会の夢を見た。 会場がざわついている。 落語会に反対する 一派がいる。 それがオバサンたったの五人なんだけれど、会が始められない。  志ん輔が出て行って、説得しようとするのだが、こんな会は反対だと言う。 人 間関係なんじゃないですか、と聞くと、やはり、主催の女が嫌いだと言う。 お 前は何だというから、落語家だというと、落語なんかやりやがって、と。 ぐ っと抑えて、さらに話を聞くと、去年まで、ウチはクラシックやっていたんだ、 と言う。 知らないよ。 それで寝たら、また夢を見た。 また同じオバサン が出て来て、さっき言い忘れたことがある、と。

 また、あの坊主、始めやがったよ、と志ん輔は「反魂香」に入った。

志ん輔の「反魂香」本体2011/10/05 04:42

 また、あの坊主、始めやがったよ。 寺にいりゃあいいのに…。 夜の夜中 に、鉦をカンカン鳴らすので、同じ長屋の八五郎が、苦情を言いに行く。 怖 がって、はばかりに行けないので、ガキがみんな寝ションベンをもらすじゃな いか、俺も、こないだ、やっちゃった。 何で夜中に、鉦をカンカン鳴らすん だ。 亡き者の回向です、私には言い交わした女がおりました、一枚絵にもな ったほどの女でして…。 三浦屋の高尾太夫、仙台侯に大金で身請けされたも のの、言い交わした男があると操を立てて、吊し斬りにされた高尾太夫、私が その男でございます。 昔はれっきとしたお侍でして、一通りお聞かせいたし ましょう。  (チチンチンと鉦が入り、三味線になる) 拙者は因州鳥取の島田重三郎と申 す浪人者、今は土手の道哲と呼ばれています、伊達綱宗公に斬られる前に、高 尾から回向をしてと渡された「反魂香」、これを焚くと、高尾が出てくる。 見 し(せ)ておくれよ、と八五郎。 ご勘弁を、と断るのを、長屋のみんなにはう まく言っとくと、説得。 このように焚きますとね。 やーーな心持になった と思ったら、出たよ。 「そちゃ女房高尾じゃないか」 「そういうお前は重 三さん」 「香の切れ目が縁の切れ目」無駄に使うな、と高尾。 お前の顔が 見たさゆえ、と島田重三郎。 出たね、いい女だね、と八五郎。

 八五郎は、三年前に女房のお梶が亡くなった、ぜひ会ってみたいので、少し 香をわけてくれないかと頼む。 ご勘弁を、と断られ、いらねえよ、あの粉さ えありゃあいいんだろうと、生薬屋へ行く。 源さん、あれくれ、「そちゃ女房 高尾じゃないかを三百」 そんなのはありません、名前がずらり並んでおりま すから。 伊勢浅熊(あさま)万金丹、越中富山の反魂丹。 これだ、これ三百 くれ、三百でこんなに来るのか。

 七輪で焚こう、お梶とは三年ぶりだ、有難いな。 死ぬ時に、気にかかって 死にきれないと言った。 私が死んだら、若い女を引っ張り込むんだろう。 若 い女を引っ張り込んだら、くすぐるよって言いやがった、ヘラヘラヘラ。 火 が熾きた、熾きた。 薬をくべよう、おーーら、おら。 くせえなあ、煙さえ 出ればいいんだ。 お梶出ねえな、十万億土は遠いからな、お梶は恥ずかしが り屋だしな。 どんどん、くべよう。 お梶! お梶!

 お前さん、大変だ、隣からけぶ(煙)が出て、火事だ、火事だって、言ってい るよ。 水をかけよう。 何で、他人の家に、水を撒くんだ。 この煙は、何 なんだ。 梶が出ねえかと、煙を出していたんだよ。

 普通、女房の名前はお梅で演る。 お梶から火事にした下げは、志ん輔の工 夫らしい。 何となく暗い噺が、これで、明るくなった。