桂才紫の「本膳」2011/11/01 04:29

 27日は、第520回の落語研究会。 顔ぶれを見て、あまり期待せずに出かけ たのだが、結果は、さにあらず(辞書をみると「然に非ず」と書く)、うれしい 誤算となった。

 「本膳」        桂 才紫

 「三人無筆」      柳家 喬之助

 「らくだ」       三遊亭 歌武蔵

        仲入

 「薙刀傷」       桂 藤兵衛

 「お神酒徳利」     柳家 権太楼

 桂才紫、出囃子は炭坑節、2009年4月30日の第490回に「たがや」をやっ た時、こう書いていた。 「調べると平成11年3月25日に中央大学心理学専 攻を卒業、3月27日に桂才賀に入門している。 二ッ目に昇進した平成11年 5月、29日の第419回落語研究会で、それまで才ころの名で、座布団運びとめ くりをやっていた御褒美に「狸の札」をやらせてもらっている。」

 才紫、冠婚葬祭のマナーブックがけっこう売れているといい、さん角からさ ん弥になった前座の話をする。 普段は汗水たらして、よく働くのだが、初め て葬式に行って、お焼香がわからない。 「アッチッチ!アッチッチ!」、火が ついているほうにさわっていた。 国立演芸場で、ドアを止めてある砂袋を、 「忘れ物がありますよ」と、持主を探していた…。

 庄屋の娘が嫁に行くお祝いに「本膳」の「そうぶるめえ」があるという知ら せ。 村の衆は誰も「礼式」を知らないので、村はずれの手習いの先生は物知 りだから、「ちょっくらごめんくだせえやし」と聞きに行く。 一番上座に先生 が座り、36人、先生のやる通りにすることに…。 先生は下戸で「酒、お気持 だけ頂く」と。 順にやり、呑めるのが楽しみで来たのにと、泣いている奴が いる。 汁、三口で頂く。 一口に飲んで、吐き出せと言われ、量の増えた奴 がいる。 長芋を、膳の上であっちこっちにころがし、鼻の頭にご飯粒を三つ 付けるのも、36人が真似するので、先生、肘で隣の脇腹をトンと突く。 蕎麦 のわりめえを、まだ貰っていねえからと、ドーンと突く奴も出て、最後の壁の 前の男、「先生、この礼式はどこへ持ってくだ?」

 壁の向こうの楽屋で、ドーンと突かれたのが喬之助、それが歌武蔵以下に伝 わって、うれしい誤算となるのである。

喬之助の「三人無筆」2011/11/02 04:22

 喬之助、例によって走るように出て来て、忙しく話を始める。 楽屋で前座 が書く「ネタ帳」、誤字脱字の見本だという。 「王子の狐」が「玉子の狐」、 点を付け過ぎた、「からぬけ (穴子でからぬけ) 」が「からねけ」、「小言念仏」 を「小言幸兵衛、念仏を唱える」、「与太郎小噺」を「雨の降る穴」。

 伊勢屋に弔いに行った甚兵衛、「おっかあ、一緒に夜逃げしてくれ」と、帰っ てくる。 「どうもこのたびは」と言ったら、奥に饅頭の積んであるのが見え たので、つい「ごちそう様です」と言ってしまった。 しくしく泣いていたお ばあさんが「プッ」と吹き出して、座布団二枚。 饅頭を二つ取って、口に放 り込んだ所へ、「甚兵衛さん、明日の弔い(葬儀)の帳付けをお願いします」と言 われた。 饅頭でモグモグしゃべれないでいると、「引き受けて頂いて有難う」 と言われてしまった。 「俺は無筆だ、夜汽車に乗って、京都行こう」

 女房、「体で帳付けをしろ」と知恵をつける。 大店のことだから帳付けを頼 んだのは一人ではないだろう、朝早くお寺に行って、みんな支度をしておいて、 体を使う仕事はみんなやりました、帳付けはお願いしますと、相方に言えばい い、と。

 朝早く、寺へ行くと、白々明けに一人来ているという。 伊勢屋の遠縁の杢 兵衛さん、お茶にお煎餅を出し、煎餅は堅焼き、狭山の新茶は私が持ってきた、 ぐっとやって下さい、お話がある。 私、実は無筆で、帳付けはお願いします、 と。 無筆と無筆で、十二筆。 しかたがないから、仏の遺言で、「帳面はめい めい付け、向こう付け」ということにする。 折よく手習いの先生が来て、記 帳したところに、「大工の政五郎」と書いてくれ、と。 「代筆も構わない」、 遺言その二にある。 その後、相模屋、柳屋、桂、三遊亭、川柳……と書いて もらう。 「こちらに回って書いてもいい」が、遺言その三。

 終わったところへ、熊さん、品川に遊びに行ってたら、女が離さねえ、「熊五 郎」と頼む、と。 「めいめい付け」、息が切れていても、手が震えていても、 だめ。 無筆なんだ。 実は私達も無筆。 何、帳付けが無筆だ。 さっきお 出でよ、ここは山谷だよ、なぜ吉原で遊ばないんだ。 伊勢屋さんには世話に なったんだ、なんとかしてくれよ。 大丈夫、お前さんが来なくていいっての も、仏の遺言にしときますから。

歌武蔵の「らくだ」2011/11/03 04:19

歌武蔵、毎度私が苦言を呈していた「只今の協議についてご説明いたします」 も、「“かぶぞう”とか、キャバクラと読んだ人までいる」も、「本名は松井秀喜 と申します」もやらずに、いきなり噺に入った。 それだけではない、この「ら くだ」は抜群の出来だった。 このところ落語研究会が、歌武蔵をよく使う理 由がわかったような気がした。

プログラムの長井好弘さんによると、桂文珍の型だそうだ。 東京で死人(し びと)の「カンカンノウ」というのを、「かんかん踊り」という。 らくだが死 んだと聞いて家主が喜び、「頭、つぶしとけ」というあたりも、上方風かもしれ ない。 フグに中って死んだらくだの兄貴分の名は、ノーテンの熊五郎、傷の 見本みたいな顔をしている。 屑屋が背負って行き、家主の所へ担ぎ込むらく だを、塀に立て掛けさせ、鉢巻をし、片肌脱がせ、目を開けさせる。

屑屋は、大家が届けて来たいい酒を飲んで、だんだん様子が変わってくる。  「親方は他人(ひと)の世話焼いて、面倒をみて、大変な方だ、立派だ。 それ も全く何もないところから、これだけ揃えるんだから、立派。 すみません、 もう一杯。 上の方がこれだけ空いている。 なみなみと、注いでくれ。 上 の方が空いているって、言ってるんだ。 わからねえか。 らくださんは幸せ だ。 三日ほど前、雪舟のねずみが手に入ったという。 涙を足の先につけて 描いたっていうねずみだ。 ついそばに行くと、手の上にどぶねずみを乗せた。  せっしょうな、ねずみですよ。 親方は立派だ、大したもんだ。」「お前、商い に行かなくていいのか。 釜の蓋が開かないんじゃないのか?」「俺のこと、只 の屑屋だと思っているんだろう。 浅草の並木で、三人ほど使って、道具屋や っていた。 こうなった訳はみんなこれ(酒)だ。 かみさんは器量良しで、女 の子が出来た。 酒でしくじって、とたんに裏長屋。 かみさんが風邪引いて ポックリ、二十四だった。 残ったのが三つの娘、俺が商いをして帰るのを、 外で待っていてくれた、手が冷たい。 で、後添いをもらった、丈夫な…。 こ れがいい女で、男の子が生まれたが、飴や饅頭を、まずはお姉ちゃん、俺の連 れ子にと、細かい気配りをする。 聞いてんのか、このやろう。 人間として 一番大事なところだ、酒ばかり飲んでやがって…。 俺は日に三合は飲まない といられない、かみさんは橋を渡って、ハカリのいい酒屋まで買いに行く、ど んなに雨が降ってもだ。 どうしても飲みたいんだ、それぐらい好きなんだ。  お前、何、うつむいてんだ、いい奴だな、お前、泣いてんのか。 兄弟になろ う。 らくだの湯潅をしよう。 手伝ってくれるか。 頼むぜ、兄貴って、何 で言えねえんだ。 アタリ金で、頭を剃ろう。 表に出た所に女二人住んでい る家がある。 剃刀借りて来い。 いやだと、言ったら…。」

桂藤兵衛の「薙刀傷」2011/11/04 05:09

 桂藤兵衛、彦六になった正蔵の弟子で上蔵といっていたが、師の死後、橘家 文蔵一門に移籍した。 「薙刀傷」は珍しい噺、聴いたことがなかった。

 昔あって、今はない「恋患い」、女は絵になるが、男がまいっているのを見る と、止めを刺してやろうという気になる。 手代の久七、旦那に今度の医者は 大丈夫、大船に乗ったような気持で、と報告する。 こないだの先生の時も、 そう言った。 あの大船は岩にぶつかった。 今度の先生は、若旦那のお腹の 中に徳利があって、栓がしてある、それを抜けば、全快だという。 もやもや の原因は「恋患い」。 旦那は、おばあさんに、生意気だ、十九歳は早すぎる、 と。 お前さんが、私を口説いたのは、十八の時。 桃栗三年柿八年、柚子は 九年でなりかかる。 寄席で憶えた、寄席は為になる。

 相手の娘は、素人、ごく近い所、裏の一番汚い長屋の一番汚い家、掃き溜め の前、易者をしている御浪人三輪惣右衛門さんのお嬢さん。 あれ倅だと思っ ていたよ。 若旦那は、気立てのよさ、気持に惚れた。 番頭は旅先なので、 手代の久七、私が行って下話をしてきます、大船に乗ったつもりでいて下さい。  羊羹か煎餅でも持って行くか、と旦那、十両くらいと、久七。 武士にお金は どうか、と心配する旦那。

 裏の伊勢屋から、参りました。 その顔じゃあ、縁談は無理と言われた久七、 実は若旦那の新太郎で…。 (十両を出すと)だまらっしゃい、十両で娘を買い に来たのか、ならん。 引き換えに、お前から貰いたいものがある、首をくれ。  刀、持ってまいれ。 これっぱかしも、苦情は言えません、首、差し上げます、 あっさり、スパッとやって下さい。 こう見えても、刀はよく手入れしてある、 取れ立ての秋刀魚みたいだ。 もそっと近こう、斬るぞ、ところで久七、ふた 親はご健在か、もういない、なら斬るぞ。 ヒヤッ、ハーーッ、何をしておる。  お前は忠義者だ、娘はやろう。

 ご婚礼となり、店を若夫婦に譲って、大旦那は隠居所へ。 でも、いいこと ばかりは続きません。 ある晩、ちょっと開けろ、番町の屋敷から参ったと、 刀を持った賊が三人、店の者を縛って、若旦那の部屋へ。 起きろ、金蔵(かね ぐら)に案内しろ、開けました、縛っておけ。 隣の部屋に寝ていたお嫁さん、 緋縮緬の長襦袢で、たった一つの嫁入り道具の薙刀を長押から取り、一人の肩 先をスパッと、中で仕事していた二人が斬りかかるのを、体をかわして、一人 は腿(もも)の所を、もう一人は刀の手をポンと…。 大変強い嫁さんだ、巴御 前の化身か、和田アキ子ですよ。 「おれは肩先八寸」「おれは腿を三寸」「お れは指を一本やられた」三人そろって「腿傷三寸肩八寸、指は九本になりかか る」

権太楼の「お神酒徳利」前半2011/11/05 04:48

 「お神酒徳利」、円生師匠のようなのを聴こうという人は、がっかりする前に 帰った方がいい。 同町内というか、お濠の前に、お料理の美味しい、よく真 打披露パーティーとかをやる東京会館という所がある。 あそこで落語会をし たら、司会者が、きょう師匠はお濠の向こう側で天皇陛下がお聴きになった「お 神酒徳利」をやって下さるそうで、期待して下さいと言った。 袖で、帰ろう かと思った。 私のは、円生師匠の、皇室がお聴きになるような「お神酒徳利」 ではありません。 もっとレベルの低い、この程度の(と、客席を見回し、ニヤ ッ)、庶民のような「お神酒徳利」をやります。 そうでなければ、この形(な り) (灰色の着物に袴)で出てない、紋付で出てる、私も馬鹿じゃない。

 おはようございます、と来た八百屋、いいんです、いらないんです、けっこ うです、台所のことは私がまかされているから、と旦那の親類筋だという新し い女中に断られる。 ずっと贔屓にしてもらってきたから、奥へ通してくれれ ば、というと、水ぶっかけるよ、と嫌な女。 犬じゃない。 棚の上に、水を 切るのに、お神酒徳利がのっている。 困らしてやろうか、とイタズラ心を起 こし、水ガメの中にボコボコと沈めた。

 旦那がお神酒徳利を早く持って来てくれと言っているのに、どこにもない。  女中が、食べちゃったわけではないと言って、ひっぱたかれている。 よしよ し。 旦那、おはようございます。 久しぶりだな。 いえ、お女中が代って から、買ってくれない。 それはすまなかった。 もめてらしたけど、何です か。 ご心配ですね、私が占ってみますか。 特に紛失物(ふんじつもの)が得 意なんです。 名人なの? 八百屋なんかやらないで、易者をやればいいのに …。 咎人(とがにん)が出るから、八百屋が気楽。 そろばん占いなんです、 チュチュチュ。 何か、でたらめやっているみたいだけど、大丈夫? 出まし た、これは盗まれたんじゃない。 辰巳の方角、台所だ。 水に縁があって、 木に縁があって、土に縁がある。 そこにあるドブかな。 (女中に)棒じゃな く、手でやれ、何だったら、顔もつけろ。 ない。 おかしいな。 水ガメは、 どうですか、台や蓋は木、カメは土だし…。 あった! 汚い手でやるんじゃ ない。 大名人だ、お礼に品物、みんな買います。

奥の座敷に上がって下さい、本当に有難うございました。 私、実は東海道 は三島の生れで、江戸へ出て暮しているが、田畑(でんぱた)は弟が守っている。  その弟が、旅に出るというお侍の友達から仏像を預かった。 それが蔵の中を 探したが、見つからない。 帰りに寄るといわれているので、ほうぼうの先生 に頼んで占ってもらったが、埒が明かない。 そこへ、あなたがいた。 そろ ばんで、チョイチョイとやって下さい。 アー、アー、アー。 先生、助ける と思って。 これから、お得意を回らなきゃあならない。 品物は全部買いま すよ。 それはいけないこと、私を待ってる人がいる。 三島は、箱根の山を 越えるからダメ、山を越えると、気が弾かれる……ダメ。 それじゃあ、私と 一緒に行ってください。 金は用意するから。 家内沢山だ、私とカカアが一 人、子供が十人ぐらい。 ぐらいって、何人です。 十二人、それに年取った 親爺とお袋、カカアの年取った親爺とお袋、先のかみさんの年取った親爺とお 袋。 老人が多いんですね、五両出すから。 足が弱い。 嘘でしょ、天秤担 いで一日中歩いているじゃあないですか。 天秤担いで、走っていっちゃった、 足が速いな。

親方の家、知っている。 五両包んで、旅支度も整えて行くと、えらいこと になったと、へっついの陰に隠れている。 八百屋さんの親方のお宅は、こち らですか? おかみさんが、ハーーイ、いますよ。 私は大宮と申しまして、 親方は占いの名人で、失せ物、走り人が得意。 ウチでは知りません、聞いた ことがありません。 実に奥床しい。 家内沢山と聞いたけれど、二人きり、 ですよね。 ここに五両あります、先生に一緒に来ていただきたい。 あら、 そうですか、一日一生懸命に働いても一朱か二朱にしかならないんです。 足 が弱いって言っていたけど、さっきは駈け出した。 どーぞ、どーぞ、三島で も、熊本でも、カムチャッカでも…、連れてって下さい。