心臓カテーテル法と冠動脈拡張用バルーン2012/09/09 02:23

 「医療の挑戦者たち」の続く二回は、北里柴三郎から離れるが、北里が破傷 風菌を純粋培養したきっかけとなったと同じ「気づき」「発想」、そして勇気の 物語であった。  第四回(8月21日)。 1929(昭和4)年、晩秋のドイツ、国家試験に合格 したばかりの研修医ヴェルナー・フォルスマンは、医学書でチューブを馬の血 管から心臓に挿入し、血圧を測ったという記録を読んだ。 そして彼は、もし チューブを人間の血管から心臓に挿入できれば、強心剤を直接心臓に注入して、 より有効な治療ができるはずだ、と考えたのだ。 「これを生きた人間で試し てみたい」という衝動を抑えきれず、ある日、実験は決行された。

 彼は手術室で、自分の腕の静脈にゴム製のチューブ(尿管カテーテル)を刺 し、もう片方の手でチューブを心臓へと押し進めていった。 そして、腕から チューブをぶら下げたまま階段を降り、地下の放射線室でレントゲン写真を撮 影した。 チューブの先端は、確かに心臓内部の右心房まで到達していた。

 しかし、彼の体を張った実験に周囲の目は冷たく、研究室を追われ、大学を 去り、町の開業医となった。 27年後の1956(昭和31)年、フォルスマンは、 心臓カテーテルを使って、彼の実験の正当性を証明したアメリカの二人の研究 者とともに、ノーベル生理学・医学賞を受賞する授与式の会場にいた。(この項 の監修は、川田志明慶應義塾大学名誉教授)

 第五回(8月28日)。 われわれの心臓は、「冠動脈」という血管が、酸素と 栄養に富んだ血液を心臓の筋肉に届けているから、動き続けていられる。 冠 動脈が詰まれば、心筋梗塞のような生命に関わる病気になる。

 ドイツの循環器専門医アンドレアス・グルンツィッヒは、胸を開く大手術を せずに、血管内だけで冠動脈の詰まりを治療する新しい方法を思いついた。 血 管が狭くなった病変部へ、先端にゴムの風船を仕込んだカテーテル(細長い管 状の医療器)を血管から送り込み、病変部で風船を膨らませて押し広げる。 血 流は回復し、心臓は正常に動くはずだ。

 問題は素材だ。 彼は自宅のキッチンで助手と試作を始め、ソーセージのよ うに縦に伸びるだけのゴムや、プラスチックの素材をつぎつぎと試し、膨らみ 過ぎる塩化ビニールをナイロンで防ぐ構造にすることで、ついに狙った形に風 船を膨らませることができるようになった。 1977(昭和52)年、彼が考案 したカテーテルは初めてヒト冠動脈への臨床実験に成功した。 身体への負担 が少ない治療法として普及する冠動脈拡張用バルーンカテーテルの誕生である。 (この項の監修は、相澤忠範心臓血管研究所名誉所長)