西国分寺に響いた信時潔の「塾歌」2012/12/14 06:31

 9日の日曜日夜、西国分寺の国分寺市立いずみホールに、慶應義塾塾歌のヴ ァイオリン演奏と歌声が響いた。 6月18日のこの日記「ベオグラードに響い た信時潔(のぶとききよし)の「塾歌」」に書いた、セルビア在住のヴァイオリ ニスト、豊嶋(てしま)めぐみさんのコンサートがあったからだ。 それは今 年の3月14日に、ベオグラードのグワルネリウス芸術センターで開かれた、 東日本大震災一周年、犠牲者の慰霊と復興への願いを込めた音楽会と同じく、 岩井美子さんのピアノで、信時潔作曲の作品である舒明天皇御製「やまとに は」、在原業平の古歌五首、ブラームスのヴァイオリンソナタ第三番も演奏され た。

 これは友人宮川幸雄さんが同人誌『うらら』第61号(2011年5月)に書か れた「『塾歌』から見えてきた『信時潔』」で知ったのだが、信時潔は大正13 (1924)年から東京府北多摩郡国分寺村字本多新田270番地に住み、昭和40 (1965)年にその地で亡くなっている。 その関係で国分寺市では毎年「信時 潔作品を歌い継ぐ」という催しが行われており、一昨年、平成22(2010)年3 月14日に本多公民館で行われたコンクールでは「国分寺三田会合唱団」が課 題の「信時潔作品」に「慶應義塾塾歌」を選んで歌い、並み居るセミプロ級の 合唱団を抑えて優勝したという。

 そこで9日のコンサートだが、「セルビア-日本友好130年・信時潔生誕150 年・東日本復興支援コンサート」と銘打たれ、ボヤナ・アダモヴィッチ・ドラ ーゴヴィッチ在日セルビア大使のご挨拶もあった。 ボヤナさんは、女性だっ た。 6月18日の日記にある、『三田評論』に随筆を書いた山崎洋さんも登壇 して大使を紹介し豊嶋めぐみさんとセルビアや信時潔のことを解説したし、「塾 歌」楽譜をセルビアの豊嶋さんに届けるのに貢献した近藤節夫さん、赤松晋さ んにもお目にかかり、宮川幸雄さんご夫妻、志木高の同期で国分寺三田会の石 川宏之さんご夫妻、105年三田会の高橋淳夫さん、中山彰さんたちと一緒に鑑 賞することになった。

 ヴァイオリンとピアノの演奏を、今時珍しい手書きコピーの、素朴で親切な プログラムを見ながら、聴く。 信時潔の曲は、日本的で哀調を帯び、沁みる ように美しい。 豊嶋さんが4年前、初めて信時潔の作品に触れ、弾いてみて、 あまりの美しさに涙が止まらなかったという歌曲「茉莉花」を始め、「やまとに は」、「在原業平の古歌五首」、「白肩の津上陸」(カンタータ『海道東征』より) に、これぞ日本の旋律という感じを深くする。 一つ一つの音符が、歌はなく とも、一語一語(一音一音)に合っているのが、わかるからだろうか。 北原 白秋詞・山田耕筰曲の「からたちの花」や高野辰之詞・岡野貞一曲「故郷」を 思い出す(「白肩の津上陸」も北原白秋の詞だった)。 個人的には、先日日吉 の講座で聴いた在原業平の〈名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はあり やなしやと〉(11/23日記)に曲が付いているのが興味深かった。 そして演奏 されたモーツァルトやブラームス、セルビアの作曲家たちの作品を聴くと、同 じ西洋の楽器での演奏なのに、西洋と日本の違いを明らかに感じるのだ。

 アンコールで、国分寺三田会の方々などを舞台に上げて、「慶應義塾塾歌」が 演奏された。 前奏に次いで、1番と2番を歌い、間奏のあと、3番となった。  力強く、感動的な、素晴らしい「塾歌」であった。 誘われたが、音痴は遠慮 して、客席で唱和させてもらった。

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