鯉昇「佃祭」の本篇2013/07/27 06:22

 神田お玉が池、小間物屋の次郎兵衛は祭好き、女房はやきもち焼き。 佃島 住吉神社の祭礼に、いてもたってもいられず、昼前に、仕舞船で帰るからと、 出かける。 祭を楽しんで、八幡様の暮六つ、仕舞船に乗ろうと足をかけたと ころを、若い女に袖を引かれる。 三年前、お店の金を落として、吾妻橋から 身投げしようとしているところを、次郎兵衛に助けられ、五両恵んでもらった のに、お名前も聞かずにしまった、その折の不束者だという。 そういえば、 面差しがあると思い出したが、仕舞船は出てしまった。 やむなく今は世帯を 持って、幸せに暮らしているという、女の家に行く。 助けた甲斐があった、 よかったですね。 ウチは船頭だから、送って行ける。 改めて手をついて礼 をいう女、お名前も伺わなくて、いつもウチのに叱られている。 朝晩、神棚 に手を合わせて、お目にかかれる日を待ちわびていた。 お酒の仕度を、せめ て一本だけ。 これ、家じゃあ正月ってんです、おいしいお酒だ、と、ご馳走 になっていると、外が騒がしくなる。

 次郎兵衛の乗ろうとした仕舞船が、引っくり返った、だれも助からないだろ うという。 そういえば、客の乗せ過ぎで、こべりスレスレだった。 次郎兵 衛は泳ぎを知らない、ブクブクじゃなくて、ブクッだけになるところ、乗るの を止められて、助けられたようなものだ、助かった。 鉄公に声をかけてもら った、女の連れ合いの金五郎、ちょっと顔を出して挨拶し、あと始末に出掛け た。 気風のいい江戸っ子で、身体で用の立つようなことなら、命に代えて、 と。 舟場の騒ぎが収まったら戻って来て、舟を出して送ってくれるという。 

 お玉が池の小間物屋では、次郎兵衛の乗るはずの仕舞船が沈み、助かった者 はいないというので、ご近所が寄り合い、弔いの準備となる。 月番は与太郎 だが、みんなで輿屋(こしや…葬儀屋)から早桶を誂え、忌中の札を出す。 く やみの客は、はっきりしない、日本人でありながら、日本語になってない、や りとり。

次郎兵衛を引き取りに行く連中に、出掛けのナリを訊かれたおかみさん、薩 摩の蚊絣、透綾(すきや)の羽織、帯は紺献上(博多)、矢立に煙草入れ、下駄 は会津の桐で柾目が十三本、と答えるけれど、水の中に、そのままの姿でいる わけがない。 さらに訊かれて、判明したのが、左の二の腕に「たま命」の彫 り物。 ご馳走様。

船頭の金五郎に送ってもらって帰ってきた次郎兵衛。 朝から明かりがつい ている所がある、ウチじゃないか、人が出入りしている、忌中だ、おっ母さん だよ。 次郎兵衛が入って来て、町内の人は「あー、ジージー、ジー、ロ」と 言葉にならない、「どうぞ、浮かんで下さい」。 助かったのは「情けは人のた めならず」とわかる。 早桶はどうする、誰かに引き取ってもらおう、糊屋の ばあさんなら、もうすぐだろう。

一部始終を見ていた、与太郎先生。 五両と弁当を持って、吾妻橋に身投げ を探しに行くが、なかなか見つからない。 ようやく、川に向かって手を合わ せている女を見つけて、引き止める。 「身投げじゃない、歯が痛いから戸隠 様に願をかけているんです」「そんなことを言ったって、袂に石が入っているじ ゃあないか」「これは戸隠様に納める梨です」

鯉昇の「佃祭」、上々の出来。 笑わせながら、ちょっと涙が出そうになると ころもあった。