花緑の「真二つ」本篇(上)2013/11/06 06:23

 甚兵衛さん、古道具屋だがお人好し、ずるくないから、この商売に向かない。  神田から成田のお不動様へ、商売繁昌の祈願に行く。 「お不動様、仲間の五 平はずるくて、去年かみさんが難産で、お稲荷さんに無事出産のあかつきには、 鳥居を寄進しますと祈りました。 銭がないのに、そんなことが出来るのかと 私が申しますと、そう言って敵をだましている中に産んじゃえばいいと申しま した。 私は、そんなことはいたしません。」

 お参りをすませ、帰る途中、弁当をつかうのに百姓家の縁先を借りる。 奥 に生み月らしいおかみさんが寝ている。 大根がずらり干してあり、竹竿が足 りなくなって、妙な棒まで使っている。 見ると刃もついた薙刀だ。 いい天 気で気持がいい、青い空に赤い柿が熟れて、庭先に見事な銀杏の樹がある。 年 をとったら、こんなところに住みたいもんだ。 すると、銀杏の黄色い葉や、 柿の葉が落ちて来て、物干の先にさわると、二つに割れる。 変だね、ありゃ 物干の先じゃなくて、薙刀の刃だ。 とまったトンボも、まっぷたつにちょん ぎれた。 煙管で試すと、まっぷたつ。

 幸いお百姓は昼寝、大根をおろして、薙刀を見る。 真赤にサビた刃を抜い て、サビを落とすと「魚…、その下は、切…、その下は、丸ゥ、魚切丸」だ。  備前国に名人の刀匠がいて、この人の作った刀を川の中につき立てておくと、 泳いで来た鮎が二つに切れて浮んだことから魚切丸と名付けられた。 甚兵衛 さんは、親爺さんに聞いていた。 お不動様の、たいした御利益だぞ、これは。  ここでしっかりしなければ、慌てて腹ん中見破られちまっちゃ、この大儲けが 元も子をなくなる。 千辛の功を一騎にかくと言うからな…。 元に戻して、 と。

(「千辛の功を一騎にかく」は山田洋次本にあった。 『故事ことわざ辞典』 に、「九仞の功一簣に虧く(きゅうじんのこういっきにかく)」(書経)。)

花緑の「真二つ」本篇(下)2013/11/07 06:29

 もし、お百姓、あの竿を杖に使いたい、もちろん相応のお金は払う。 あの クサレ薙刀を金出して買おうちゅうのか、あんなもの差上げてもいいぐれえだ が、銭くれるなら喜んで頂くべえ。 売れば三十両は堅いと踏んでいる甚兵衛 は、二十文も出そう、いや可哀想だ一朱も出すか、と考える。

だが、奥にいたおかみさんが亭主を呼ぶ。 お前だまされるでねえだよ、杖 にするなら何もあの重い樫の棒を銭出して買うことはなかんべえ、あの薙刀、 大した値打のあるもので、一儲けしようという腹かも知れん。 三分より下で 手放すな、どうしても駄目だったら二分まで負けろ。 甚兵衛は、指出して銭 勘定しているのを見て、一両か二両か、魚切丸と知っていて二十両か、と思う、 二十両でも十両の儲けだ。

交渉開始。 百姓は、ポンと指三本出す。 高すぎる。 俺もそう思うだが …。 甚兵衛は、指一本。 女房に睨まれ、養子だという百姓、また指三本。  甚兵衛、指一本と片手。 また睨まれた百姓、指三本。 ここでとうとう甚 兵衛が、指二本にして、決着する。 母ちゃん、二分で手を打っただ! 二分 なら文句なかんべえ。 甚兵衛、泣き笑いになる。 二分出すのが、泣くほど つれえなら、やめりゃあいい。 二分、受け取って下さい。

 甚兵衛さん、急いで江戸へ帰って、この薙刀を金にしようと、駆け出した。  わらじがプッツリ切れて、はきかえようと、薙刀を地蔵様に立て掛けると、地 蔵様の鼻が落ちた。 そうだ、お不動様にお礼参りに行かなくては、と気付く。  百姓家に戻り、成田に忘れ物をしたのでと、薙刀を預けて行く。 奥にしまっ ておいて下さい。

 悪い人じゃあ、なかったな。 クサレ薙刀に、二分ももらっちゃって、気が とがめてなんねえ。 土産に何か、ないかな。 そうだ、杖にするっていって たから、手入れしてやんべ。 杖には長すぎるから、のこぎりで挽いて、堅い 樫の棒をようやく半分に短くし、紐をつけた。 堅い木なので、のこぎりがボ ロボロになった。 刃はナタにすると聞いたので、半分にして柄も付けた。

 成田でおかみさんにお土産の餅菓子を買って戻った甚兵衛さん、話を聞いて 泣きながら、それで刃の残りの半分は? 裏の池にほん投げただ。 池に駆け つけると、鮒が半身で泳いでいる。 甚兵衛さん、ザブザブザブザブッと池の 中に入って行ったと思うと、向う岸に二つに割れて上がって来た。

推定・山田洋次監督の「真二つ」手直し2013/11/08 05:42

 花緑と山田洋次監督が、去年のクリスマスの夜、神楽坂の料亭で“密会”し、 行われた手直し作業は、どの箇所だったのだろうか。 「夫婦の会話の中味」 とか「場面の順序」とかというのが、ヒントではある。 『真二つ 落語作品 集』の本と、花緑の演じたのを比べてみる。 いくつか違いがある。 それが、 先代小さんが直したものか、これまでに花緑が手を入れたものかは、わからな いけれど、参考までに書いておく。

 魚切丸を説明する部分。 今回花緑は「甚兵衛の親爺は、生涯、魚切丸が見 付けられなかった。」

 お百姓夫婦の会話。 おかみさんが、三分より下で手放すな、どうしても駄 目だったら二分まで負けろ、と言うところで、「(自分の腹をなでながら)腹を 大きく持って」と言う。

 わらじがプッツリ切れて、薙刀を地蔵様に立て掛けると、「地蔵様の鼻が落ち た」というのは、本だと、足下に手をやると、ズシン!……地蔵様が頭から二 つにパックリ切れてしまってます、とある。

 最後の、お百姓が、薙刀を半分に加工してしまうところ。 「場面の順序」 が違い、本だと、甚兵衛が戻ってからの時点で、お百姓が説明する話の中で出 て来る。 のこぎりで挽くのが大変で、のこぎりがボロボロになったといった ような、細かい言及はなかった。

圓太郎の「三年目」前半2013/11/09 06:34

 圓太郎、未だにテープで稽古するという。 チュルチュルと巻き戻し、途中 から聴くのがいい。 小さん、志ん朝、談志のテープを聴いて、自分のを入れ る。 寸分たがわず、何度聴いても、そのままの出来だ。 プロの耳で聴いて、 そうなのだ。 しかし、素人の耳は怪しい、その出来が伝わらない場合がある。  今日も気持よく、ニコニコと、帰ってもらいたい。

 離婚率が高い、36%だそうだ。 小朝一門の一員としては、どう言えばいい のか。 最近、相田みつをの書をあまり見かけなくなって、やれやれと思う。  昔はどこの家にも武者小路実篤の「仲良きことは美しきかな」があった。 町 内の集会所や夫婦喧嘩が絶えない家の湯呑茶碗も「仲良きことは美しきかな」 だったが、どこからも無くなった。 変わった夫婦がいて、どこへ行くのも一 緒、お互いを褒めちぎる。 寄席のご定連で、楽屋でコレ(小指を立てる)だ よと噂していたら、奥さんと判明した。 何のために生きているんだろうか。  噺をするのに邪魔でしようがない。 こういうのを世間では「馬鹿夫婦」と呼 ぶ。

 もう寿命が残っていないという六人目の医者のひそひそ話を聞いてしまった 女房のお花から、亭主は気がかりのタネを聞き出そうとする。 お前のおっぱ いの先にホクロがある、あれをコリコリやるのが好きだ。 あなたのおへその 下に二つホクロがある、かわいいの。 そんなことを、言い合っている場合じ ゃあない。 嫁いで二年、あなたは私に女の幸せを教えて下さった。 私が死 んだら、あなたは新しい若いお嫁さんをもらって下さい、そして跡を残して下 さい。 でも、あなたはお優しいから、毎晩毎晩、新しいお嫁さんをお可愛い がりになるのでございましょう。 それが気がかりで、死に切れません。 後 添なんて貰いません。 いえ、跡取りをどうすると、親戚のおじさん達に言わ れて、きっとお貰いになる。 それほど思っているなら約束をしよう、もし私 が嫁を取ったら、婚礼の晩に化けて出ろ、お前さんに会えれば嬉しい、嫁は里 に逃げ帰るだろう、出てくださいよ。 嬉しい、出ます、八ツの鐘を合図に。  死ぬまで「馬鹿夫婦」。 安心したのか、お花はその晩にご臨終となる。

圓太郎の「三年目」後半2013/11/10 06:16

 案の定、親戚のおじさん達が、跡取りをどうする、黙って嫁を取れ。 後添 はいりません。 女中に手をつけて、ポンポコランにすることになるぞ、わが 家は代々、そういう家系だ。 これならどうだと、若くてとびきりきれいなお 嬢さんを見つけてきた。 初めての夜は、神事で、仲人の奥さんが床盃(とこ さかずき)を持ってくる。 酒が入ると、先に進むことになる。 お時さん、 慣れないことばかりで、くたびれたでしょう、先にお寝なさい。 あなたから、 お休みください。 私は、もうちょいとやる事がある。 早くお寝なさい、起 きていると、出ますよ。 (お嫁さんが、恥ずかしそうにする。) 身体をねじ るようなことじゃない。 先祖代々、こうして来たと、二人の間に紐で線を引 き、背中合わせに、おやすみなさい、となる。 こんな器量のよいお嬢さんを、 白粉の匂いも、たまらないね。 ボーーン、と八ツの鐘。 お花、いるんだろ、 出ておいで。 隣の家に飛び込んだんじゃ、ないだろうね。 明るくなってき たよ。 ニワトリが鳴いている。

 二日目、三日目も出ない、ひと月経っても、出て来ない。 まったく手がつ かないので、お嫁さんは、泣いている。 おっ母さんに手紙で相談しても、辛 抱だよ、と言ってくる。 嫌だけれど、先のおかみさんの着物に手を通してみ ても、手がつかぬ。 色っぽい、いい女がさめざめと泣いているのだから、こ れはたまらない。 インフォメーションはこれです。 お時、こっちへおいで、 悪かったね、こっちへおいで。 あなた! 胸に飛び込む。 昔、ゴールデン・ レトリーバーを飼っていた。 ケチャップという名前、おやつに「待て!」をさ せて、何かあって慌ただしく寄席に出掛けた。 6時間経って、帰ると、ケチ ャップがよだれをダラダラ垂らして待っていた。 「よし!」 ワッワッワッ と食べた。 旦那がケチャップ。 お嫁さんがケチャップ。 ワッワッワッ、 落語研究会で何をやっているんだろう。 ご懐妊となって、玉のような男の子 が生まれた。

 三年目、先妻の法事に、親子三人で墓参り。 安心しておくれ、お前の法事 も、お時がよくやってくれた、私は今、幸せだ。 墓石がガタガタした。 そ の真夜中、八ツの鐘がボーーン、ゾクゾクっとした。 お花かい、消えとくれ。  明日、離れで待っているから。 あなたは、心変わりをなさいました、うらめ しゅうございます、赤さんまでこしらえて…。 約束を破ったのは、お前の方 だろう。 ご無理を言ってはいけません、棺桶に入れる時、ご親戚の方々がよ ってたかって、私を坊さんにしたでしょう。 あなたまで…。 毛が伸びるま で、三年待っておりました。

 かなり色っぽい圓太郎の「三年目」、とてもよい出来だった。 圓太郎は好き だったが、相当のものになってきたような気がする。