小満んの「鰻の幇間」後半2014/08/03 06:18

 あっ、おしもで、私がご案内を。 目まぐるしいよ、平らにいこう、私に遠 慮しないでやっててくれ。 どうぞ、ごゆっくり。 偉い人だ、芸人を遊ばせ る、若いけど、家を食いつぶしているね。 易者がね、辰巳の方に当っている と出たよ、運が向いて来たね。 客は一人でいい、波に乗りゃあいいんだ。

 でも、長いね、しくじっちゃあつまらない。 雪隠、厠、閑所は、ここか。  大将、トンツクトン。 何、笑ってんだ。 そこは、誰も入ってませんよ。 お 帰りになった。 エライ! 帳場に行って、紙をこうひねったのをもらってき てくれ。 長居は無用だ、お茶漬けにしてお開きとするか。 違うよ、勘定書 きだよ、これは。 勘定は済んでるんでしょ。 まだ頂いていません。 そう か、いつも来る客で、まとめて払うことになってるんだ。 今日初めていらっ しゃった方で。 君は、二三日前に来たんでしょ。 十三年います。 お勘定 をと申し上げましたら、浴衣の俺がお供で、二階の羽織が旦那だから、あれか らとおっしゃいました。 そりゃ商売上、羽織は着ているけれど、どっちがお 客だか取巻きだか、分かりそうなもんじゃないか。 逃げられちゃったんじゃ ないか。 これ手銭か。 センのとこ、センのとこって、言う訳だ。

 払いますよ。 どうでもいいけど、お燗がぬる過ぎるよ。 水っぽいし、頭 にピンと来る、アタピン。 徳利の口が欠けているし、無地にしてもらいたい、 何だこれ、恵比寿様と大黒様が腕相撲している。 猪口の中の字、金文字で三 河屋としてあらア、酒屋からもらったんだろう、○に天とあるのは、天婦羅屋 だろう。 お新香を見ねえ、鰻屋の新香なんて乙に食わせるもんだ、この腸(わ た)沢山の胡瓜、キリギリスだって食わねえ。 奈良漬、薄く切ったね、隣の 大根によりかかって、ようやく立っているじゃないか。 紅生姜だ、これなん で紅くするか知ってるかい、梅酢で漬けるんだよ、梅てえものは鰻に敵薬だよ、 客を殺そうっていうのかい。 さっきは客の前だから、お世辞に口の中でトロ ッとするって言ったけど、三年入れたって、とけやしねえ。 どこのだ? 利 根川です…、ドブだっていないよ。

 汚ねえ家だね、床の間の掛軸は何だ。 応挙の虎、偽物ですが…。 当り前 だよ、本物があるわけがないじゃないか。 第一、丑寅の者は鰻を食わないっ てぐらいのもんだ。 虎の掛物をかけて鰻屋が嬉しがってちゃ困るよ。

 勘定はいくらだい。 9円75銭頂きます。 セコな鰻が二人前、酒が二本、 あとお新香ですよ、そいでいくら? 高いよ。 お供さんが、お土産を三人前 お持ちになりました。 エッ、救心はないかい、救心。 敵ながらアッパレだ ねえ。 払いますよ、払います。 昨日、丸善で蝙蝠傘買わないで、よかった よ、恥かくところだった。 十円札、縫い付けてあるんだ、(襟の裏の糸を引き 抜いて)家を勘当になる時、弟が追っかけて来て、芸人になるそうですが、こ れからはそばにいられません、この十円をあたくしだと思って、ってくれたん だよ。 見ねえ、この十円札の影の薄いこと。 お釣り、25銭です。 いまさ ら25銭もらってもね、君にあげます。 またいらっしゃい? 冗談じゃない、 誰がこんな家に来るもんか。 下足(げそ)出しとくれ。 出てますよ。 冗 談いっちゃいけねえ、こんな小ぎたない下駄履くかよ、芸人だ、今朝がた買っ た五円の下駄だ。 ああ、あれはお供さんが履いて行かれました。