雲助の「木乃伊取り」後半2014/11/08 06:36

 清蔵先生、眉毛が一文字につながり、長い五分の鼻毛が出たり引っ込んだり、 廓が閑散とした時間に、角海老にやって来た。 誰かいねえか、佐平番頭、金 太郎鳶頭は? お迎えの方で、ヘヘヘ。 ヘヘヘというのは、蔑(さげす)み 笑いだ。

 何だ喜助。 お静まりを、人が来ました、風変わりな方で。 アバラの三枚 目から声を出せ、と。 天庭(眉と眉の間?)に曇りがある。 占い者か、祈 祷者か。 なんだ、台所の大将、清蔵じゃないか。 おまんま炊き、よく頑固 なものを飼っておりますな。 若旦那、ちょっくらごめんなせえ。 鳶頭、ご 苦労さんですねえ。 もっと踊りを踊ったらどうだね、このイモ鳶頭。 大将 (てえしょう)、一杯飲みな。 番頭さん、白ネズミからドブネズミでねえか。  若旦那、お迎えに参りました。 帰るよ、帰るという心持になったら、帰る。

見せたい品があります、おっ母様の巾着だ。 のらこいている若旦那を、夜 も寝ないで心配している。 巾着は、もらっとく。 巾着置いて、先に帰れっ てか。 首に縄つけてもと言ってきた、帰っておくんなせえ。 うるせえや、 俺は主人で、お前は奉公人だ。 これほどお願い申しても。 イヤだ。 暇を もらうべえ、暇をもらえば主人でも奉公人でもねえ。 腕づくでもしょっぴい ていくべえ、村相撲で大関をやった。 清蔵の顔色が変わった。 帰るよ、す まなかった。 手を上げておくんなさい。 お袋様のために、一度は帰って下 さい。 泣くな、女郎屋の二階で。 もう一杯やって、ワッとなって、帰る。

 清蔵にも、大きい物で、一杯。 目出てえ酒だ、一杯だけよばれます。 い っぺえになった、うめえ酒だね、これ。 一合いくらぐらいかね。 見栄の場 所だ、そんなこと聞くな。 うめえ酒だねえ。 もう一杯だけやれ、縁起が悪 い。 もう一杯だけだよ、半分でいい。 また、いっぱいになった。 番頭さ んと、鳶頭には、謝るよ、勝手なことを言った。 これでご返納ということに。  駆け付け三杯という、もう一杯。 それは、ちょっくら足りなかんべえ、もう こえーことない。 この子、いくつ。 十二。 こうだな頃から、大勢にもま れて、たいへんだなあ。 どんどろ坂甚句をやってもらいたい、新版おさ猫音 頭はどうかね。

 かしく、清蔵に酌をしてやんねえ。 断わりもしねえで、酌して。 きれい だねえ、色が白い、白壁みたいだな。 清蔵、お前の敵娼(あいかた)だ、帰 るまで女房代りだ。 芯から堅いお客様が好き、初会惚れしたので、お酌させ ておくんなさい。 男らしい腕は、毛が生えてモクゾウガニみたい。 おら、 堅え、手の平も豆だらけ。 グッと、手を握って下さいな、後生ざます。 ど うする、若旦那? 握ってやんな。 鳶頭? 勝手にしろ。 田舎雛だ、一対 の。 握るぞ。 はははは、脇の下をくすぐるでねえ。

 じゃあ、帰るぞ。 もう、帰えーーちゃうのか、先に帰えって下せえ、オラ の方はあと四、五日ここにいるで。