喜多八「盃の殿様」の後半2015/01/26 06:36

 しかし参勤交代、お国入りということになって、今宵、暇乞いと、ご本格で 出かける。 その方の仕掛けをもろうて帰る、と小判を積んだ。 ありがとう ござんす。 別れの酒を交し、花扇は大盃をぐっとあおった。

 九州のお国許まで三百里、吉原が懐かしい。 仕掛けと盃を持て。 弥十郎、 その方でよい、仕掛けを着て手拭を姐さんかぶりにして、余の膝にしなだれか かれ。 どうも、狆が餌を待つようで…。 殿はん、浮気をすると許しません よ、と申せ。 膝をつねれ。 痛い!! 吉原は、恋しいな。 奴(やっこ) で、江戸まで十日で勤める者を呼べ。 お目見得以下でございます。 許す。  この盃を、花扇の許(もと)まで届けて参れ。

 九州の城を出て、小倉まで行き、船に乗って兵庫へ、大坂と京都の藩邸に寄 り、東海道を草津、亀山、桑名へ、熱田まで舟で渡り、岡崎、吉田、浜松、掛 川、由比、蒲原、富士山を左に見て、箱根の山を越え相州小田原、大磯、平塚、 戸塚、神奈川、品川宿に着き、高輪の大木戸を抜けて、新橋、京橋、日本橋、 神田須田町、上野広小路、御成街道をまっつぐに稲荷町、雷門をくぐり、日本 堤にぶち当って、緋縮緬のふんどしがプツリ、吉原は扇屋右衛門に着いた時に は、奴さん、ずいぶんとくーたびーれた。 憶えた私も、くたびれた。

 花扇、涙を流して飲み干すと、殿はんにご返盃。 奴、再び駆け出したが、 箱根の山中で、大名行列の供先を切って、取り押さえられる。 主名だけはお 許しを、これこれの火急の使いで。 その殿様、吉原の遊君との盃のやりとり とは面白い、大名の遊びとは、かくありたいものだ。 盃を拝借、途中、面白 う頂戴致したとご主君にお伝え願いたい、と息も吐(つ)かずに飲み干した。

 九州の城に帰って、報告をすると、殿様。 その大名に、もう一盞(いっさ ん)と申して参れ。 可哀想なのは、この奴。 明治初年まで、探していたと 申します。 私も、これで、ご免。