圓太郎の「藪入り」中2015/01/29 06:37

 何時になった? 一時回った。 ずっと、しゃべっている、もう、寝ようよ。  湯へ連れて行こう。 お店に世話してくれた吉兵衛さんの所も連れて行こう。  神田まで行くんなら、角のおばあさんの所、お玉が池の赤羽(あかば)先生、 築地の久保田さん、板橋の佐藤さん、大宮の植木さん、新橋までだな。 新橋 から汽車に乗ろう、品川までだ。 羽田の穴守さん、池上本門寺、葛餅の蜜が 旨い、川崎大師も葛餅だ、蜜は池上の方が旨い。 箱根で温泉に入って、芸者 を揚げてどんちゃん騒ぎをしよう、名古屋で城を見て、金沢はお菓子が旨い、 鳥取の砂丘も見せたいな。

 もう、寝ようよ。 お前は奉公してねえから、わからねえ、「宿入」の前の晩 なんか、眠れないもんだ。 涙が止まらねえ、野郎、起きているよ。 しみじ み亀のこと思い出して、お通夜をしよう。

 熊さん、お早う。 この早いのにホウキなんか持って、雪でも降らなきゃあ いいが。 今日は、十六日だ。 「藪入り」か、熊さんも人の親だね、亀ちゃ んが帰って来るんだ。 おーーっ。 家にも顔出すように、言ってよ。 当人 が、何ていうか。

 何時になった? 六時回ったところだよ。 遅いよ。 飯は炊けてんのか、 遅いね。 まだ、電車も走ってない、落ち着いておくれよ。 あのクソ番頭が いじわるなんだ、出がけに用事を言いつけたりするんだ。 お前さん、亀が来 たよ。 ちょいと、どこへ行くんだ、ここにいろよ。

 めっきり、お寒くなりました。 只今、帰りました。 お父っつあんも、お っ母さんも、ご壮健で何よりです。 お前さん、何か言っておやりよ。 声が 出ないんだ。 只今は、ご丁寧なご挨拶で、恐悦至極に存じます。 お父っつ あん、風邪、大丈夫、吉兵衛さんから聞いた。 あたいだけ、帰る訳にいかな いから、手紙を書いたよ。 番頭さんが、字を教えてくれる。 いい番頭さん だ。 いつもは風邪なんて、玉子酒飲んで寝ちまえば治るのに、初めてだった よ。 横丁の大学出の先生が、流行性の何だかって言って、薬もらったよ、腹、 ピーピージャアージャアーと下ってよ、寝込んじゃったんだ。 子供の頃から 掛かってる赤羽先生が、油紙に黄色いカラシ塗って、腹に貼ってくれたら、も う大丈夫なような気がした。 お前の手紙、読んだとたん、キーッと立ってよ、 あれから風邪引かねえ。