ハンマースホイの絵のような映画2015/02/15 06:56

 映画『繕い裁つ人』の冒頭、夕日だろうか淡い光の差し込む、南洋裁店の仕 事部屋の四角く縁どられた大きな窓辺で、後ろ姿の市江・中谷美紀が一心に、 足踏みミシンを踏んで、服を縫っている。 凛とした張りつめた空気が漂って いる。

 衣裳デザインを担当した伊藤佐智子さんは最初、三島有紀子監督から一枚の 写真を見せられたという。 デンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイ の絵「室内、ストランゲーゼ10番地」の写真で、監督は「こういうイメージ の映画を作りたい」と言った。 静謐な部屋の中にいる後ろ姿の女性が描かれ ており、伊藤さんは「自分の世界にのみ生きている孤高の人というイメージ」 を感じ、「そういう空気の中でしか生きられない人の美しさが滲み出ている」そ の絵から、今回の映画の世界観が理解できたという。

 そのヴィルヘルム・ハンマースホイだが、私は2008年11月25日の「等々 力短信」第993号「ハンマースホイの静謐」を書いていた。 国立西洋美術館 の「静かなる詩情」展を見て、「このデンマークの画家は、生前ヨーロッパで高 い評価を得たが、没後、急速に忘れられ、近年再び脚光を浴びるようになった。 ポスターの「背を向けた若い女性のいる室内」の印象が強烈で、どうも、黒い 服を着た女性の後姿や、ほとんど家具がない固く閉じられた白い扉の部屋ばか り、描いたらしい。 その静けさは、人を惹きつけずにはおかないのだ。」と。

 さらに90点の作品を見て、「その作風と題材が、生涯にわたって一貫してい ることがわかる。」、風景画は「どれもグレー系統の色を多用して、霧のかかっ たような、独特の静寂に満ちている。 見ていると、気持がしんと落ち着いて くるような気がする。 私の好きな有元利夫や、版画の浜口陽三の世界に通じ るものがある。 ハンマースホイは、寡黙で人と打ち解けず、人前に出るのも嫌 っていたという。」と。

 そして、ハンマースホイを見ながら思い出したという『三好達治詩集』の「冬 の日」を、引用していた。

ああ智慧は かかる静かな冬の日に/それはふと思ひがけない時に来る/人 影の絶えた境に/山林に/たとへばかかる精舎の庭に/前触れもなくそれが汝 の前にきて/かかる時 ささやく言葉に信をおけ/「静かな眼 平和な心 そ の外に何の宝が世にあらう」