三島有紀子監督と中谷美紀、神戸への応援歌2015/02/16 06:28

 『繕い裁つ人』の南市江、セルリアン・ブルーの仕事服に身を包んだ時は職 人としての誇りが高く、できるかぎりの最高の技術で、全身全霊をこめて洋服 を作り、デパートの藤井に「頑固ジジイ」と言われるほどなのだが、日常生活 では二代目を継がなかった母の広江(余 貴美子)に家事一切をまかせ、朝遅く 起きてきて「なぜ起してくれないの」と文句を言ったり、紅茶も満足に淹れら れない、ちょっと抜けた、ある種チャーミングな反面を持つ。 そんな市江の 「完璧さとほころびを撮りたい」という三島有紀子監督は、中谷美紀を選び、 「彼女がいれば必ず素敵な映画が完成する」と信頼を寄せたという。

 映画を観ながら、市江が息抜きに行く珈琲の店「サンパウロ」で、いつも巨 大なチーズケーキを食べるのが、なぜなのか、わからなかった。 [「凛々とほ ころびて」「繕い裁つ人」に主演 中谷美紀]という1月30日の朝日新聞夕刊 の映画欄、石飛徳樹記者の記事に、市江は「チーズケーキをホールごと食べる。 恩師の家を訪ねると呼び鈴をせっかちにガンガン鳴らす」とあって、やっとわ かった。

 市江にブランド化を断られた藤井は、東京店の家具売り場に転勤する。 市 江は、たまたま藤井の妹で車椅子の葉子(黒木華)と知り合った。 葉子は子 供の頃、閉じこもりがちだったが、レースのついた素敵な服を買ってもらって 外に出る喜びを知り、今は公務員として働いている。 市江は葉子から、藤井 が市江の仕事にどれほど魅せられていたかを聞く。 市江は葉子のために、思 い出のレースをあしらったウェディングドレスを作ることになるのだ。

 私は映画『阪急電車 片道15分の奇跡』(三宅喜重監督・2011年)で観た、 婚約中の恋人を若い後輩に奪われた中谷美紀が、二人の結婚式に真っ白のウェ ディングドレスを着て参列する、凛とした立ち姿と哀しみの演技に感心したこ とがあった。

 一年に一度、南洋裁店の服に身を包んだ顧客たちが「夜会」に集る。 日頃 は阪神タイガースファン「虎キチ」の夫婦も、その非日常の空間では、英国風 のクラシックな三つ揃いのスーツや優雅なドレスで紳士淑女になって、ワイン で乾杯し、ダンスをしたりする。 「夜会」を覗き見た顧客の孫などの女の子 たちが、市江に自分たちの服も作ってほしい、と言う。

 三島有紀子監督が、一番好きだという市江の台詞。 「今生きているお客さ まには、今生きている私にしか、作れないんですもの」。

 人口の約40%が震災を経験していない世代になったという神戸再生の「応 援」歌だと、私が感じたのは、ラストに至る、そのあたりの展開にある。