桃月庵白酒の「突落し」後半2015/03/12 06:38

 みんなで、大門をくぐる。 中くれえの店だ、いいな、俺達の来られねえよ うな店だ。 あれが棟梁、いつもは角海老の客、何十万で仕事を請け負って、 明日建前なんだ。 棟梁、棟梁、俺達の分相応のこういう店だけれど、登楼っ てくれますか。 いいよ。 酒、食い物、芸者だ。

 カラスカア。 勘定済んでんだろ、若い者に渡してある。 いくらだ、86円 50銭、間違いはないか、そっくりでか、安い。 気に入っちゃったよ、ずいぶ ん飲んだね。 こんなに細かく書かなくていいんだ。 ビール一打、持ち帰り。  吉っちゃんという方で。 鳥打帽子。 金さんいう方が、一度誂えてみたいと。  ゴム長。 善さんが、おじさんの所で水が出たお見舞いに。 タライ一つ。 六 さんの奥さんが臨月だそうで。 偉いね、女郎買いに来て、お産の仕度か。

 清の字、音羽屋の出番だ。 いやだ。 なに、出かける前に、おかみさんが お金預かってくれたのを忘れた、バカヤロ。 痛え、こっちはカサブタ、こっ ちは駄目だ、血が出てきた、チキショウ。 話が違う、コンチキショウ。 (ま わりは)これはこれで、面白そうだ。 若い衆、すまねえ、これから何十万の 建前なんで、みんな一緒に行かなきゃあならねえ、近いんで、勘定一緒に取り に行ってくれねえか。 棟梁は角海老のお客さんだ、首を縦にふれば、家一軒 も建つぞ。

 金さん、いい帽子かぶっているな。 似合うって、女が一晩中、はなさなか った。 もてた、もてない、という話になる。 立小便をすれば判る、一番の 奴に百円札一枚、羽織一枚やろう。 若い衆、お前もやんな。 私は、いいで す。 ここで恩を売っときゃあ、さっきの家も二階建になるぞ。 立小便をし ている若い衆を、誰かがどーーんと押した。 鉄漿溝へ、どぶーーん。

 逃げろ、逃げろ。 帽子が、飛ばされそうだ。 タライが邪魔だ。 カッパ ン、カッパン、カッパン、ゴム長靴だと走りにくい。 ビール・ケースが重す ぎる。 うまくいったな、漏れはないか。 一人足りない。 清の字だ、清ち ゃんが若い衆を突き落したんだ。

 あ、来た、来た、一人じゃないよ。 清ちゃんと、若い衆が手をつないで来 た。 話があります。 どうも御見それしました。 あなた方は、吉原全体を 敵に回した。 大きな組織を相手にして、戦うのは、男の本懐だ。 なんとか 仲間に入れて頂きたい。 よくわかってくれたよ。 兄貴、次はさしずめ品川 だ。 そして国全体をひっくり返そう。 この精神が、明治維新につながった。  嘘のような本当の嘘の噺で…。

 桃月庵白酒、この後味の悪い廓噺を、鳥打帽子、ビール一打、ゴム長、タラ イで、愉快な噺にした上、一瞬の大どんでん返しで、NHKが大河ドラマで一 年をかけて描き、福沢諭吉が『西洋事情』でやったことを、一篇に仕立ててみ せたのであった。 拍手、拍手、大拍手、スタンディング・オベーションした い気分であった。