八十八、桂米朝さんの俳句2015/03/25 06:35

 桂米朝さんが亡くなった。 米朝さんは、光石宗匠こと入船亭扇橋以下、小 沢昭一、江國滋、永六輔、神吉拓郎、加藤武、矢野誠一、大西信行、永井啓夫、 三田純一、柳家小三治の各氏がメンバーの「東京やなぎ句会」で俳句をやって いた。 俳号は八十八(やそはち)、「米寿」と同じく「米」の字を分解したの ものだが、八十九歳で亡くなって、それを一つ越した。 先に亡くなった小沢 昭一さんの思い出話に、米朝さんは、自分は五十代で死ぬという予感があり、 決めてかかっていて、それで全七巻の『米朝落語全集』も、二十巻のレコード 『米朝上方落語大全集』も、五十代のうちにデーンと完成させてしまったが、 その死の予感は、痔で苦しんだ位で大ハズレ……結構なことでした、とある。

 八十八、桂米朝さんの俳句を十句。 東京やなぎ句会編『友あり駄句あり三 十年』(日本経済新聞社・1999年)所収の自選三十句から選んだ。

春の雪誰かに電話したくなり

分譲地今年限りのつくし萌ゆ

書債あり春愁の筆重くとる

初燕花見小路をぬけゆけり

葉桜や高津の宮のたたずまい

籐椅子が髪引っぱった幼い日

バラの垣いつまで続く立ちばなし

むかし名妓らしき住まいや夏のれん

明治村獄舎の外は秋日和

十年をヒレ酒一杯埋め去り

スマホを止めて、本を読もう<等々力短信 第1069号 2015.3.25.>2015/03/25 06:38

 オウム真理教騒ぎの頃に罪を犯し、長く刑務所にいて、最近出所した男がい る。 電車に乗って、驚いた。 前の座席に座っている人の何人もが、小型の 笏(しゃく)を手に持って、目の前に掲げ、真剣に見つめている。 何やら念 じているようでもあり、祈っているようでもある。 見回すと、ほかにも沢山、 笏を見つめている人がいる。 携帯便利に折りたたみ式の物もあり、お守りを 沢山ぶらさげている人もいる。 男は、刑務所にいる内に、神道系の新興宗教 が流行りはじめたのだろう、と考えた。 前の座席の7人の内、4人が笏を手 にしている。 日本人の半数を超える、ものすごい流行だということになる。  女子高生などは、全員が笏を持っている。 この新興宗教は、若い層にも浸透 しているのだ。 と、2007年4月、私は落語のマクラ「笏」を試作した。

 情報セキュリティー会社デジタルアーツが9日に発表した実態調査によると、 女子高校生がスマートフォンや携帯電話に使う時間は、1日平均7時間。 1 日9時間以上が全体の約3割、15時間以上も約1割いる。 女子高生のスマホ の使用率は98.1%。男子高校生は1日平均4.1時間、中学生は男子が1.9時間、 女子が1.8時間だそうだ。

 あれだけメールを打っていれば、文章作成能力は格段に向上するに違いない と思うのだけれど、どうなのだろうか。 聞くところによれば、「り」と打てば 「了解しました」なのだそうだ。 これでは、よい文章を書くことにはつなが らないかもしれない。

 6日、三田演説館で韓国の女性英文学者羅英均(ナ ヨンギュン)さん(86 歳)の「日韓のはざまで」という話を聴いた。 羅さんは、日本の文化のうら やましい点として、日本人の秩序意識と、読書が国民に浸透していることを挙 げた。 電車に乗ると、多くの人が本を読んでおり、そんな様子は他の国で見 たことがない。 文庫本は、日本独特の貴重な発明だ。 出版の範囲の広さ、 体系的なこと、翻訳の優秀さを褒めた。

 7日、ご近所の宮本三郎記念美術館で、ミシマ社代表三島邦弘さん(40歳) の講演「自由が丘で出版社をするということ」を聴いた。 ミシマ社は、皆が 本を読まなくなった出版不況の中、取次抜きで書店に卸す「直取引」で、読者 の方を向いて一冊の面白さを追求し、内田樹さんの『街場の教育論』『街場の戦 争論』などのヒットを出し、健闘している。 三島さんは、「今までの、どの一 冊がなくとも、今の自分はない」と言った。 それは、今まで出版してきた本 とも取れるし、大きく自分が読んできた本とも取れる。 私は、自分の読書と 人生に照らし合わせて、後者に解釈して聞いたのだった。

 かつて寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言った。 今、声を大にし て言わなければならないのは、「スマホを止めて、本を読もう」ではなかろうか。