古今亭文菊の「転宅」2015/09/06 07:03

 古今亭文菊、奥沢のご近所という縁で、2012年9月の「真打昇進襲名披露興 行」を鈴本で観た。 28人抜きの大抜擢に応える見事な高座だったが、老婆心 ながら、「この先「上手いだろう」を表に出さないよう、ほどほどにするのが、 肝要」と書いていた。 そろりそろりと、気取って出て来る。 落語には、イ ライラする、いけすかない人物は出てこないはずだ、と言う。 そうでないと 思う人は、個人的に噺家に恨みがある、酔っぱらってからまれたとか、金を貸 さなかったとか、独演会がつまらなかったとか…。(このあたり若干、上から目 線を感じさせるものがあって、私は上の苦言を思い出していた。) 噺には、の ん気なのが出る。 泥棒でも小物、と「転宅」に入る。 

 浜町へんの新道、横丁の黒板塀いかにもそれらしい、お妾さんの家。 今日 は帰る、さっき渡した金はきちんとな。 そこまで、お送りしましょう。 あ んな爺さんが、乙な女をこんなところに、囲っているんだ。 酒、刺身、ぬた が残っているじゃないか。 燗冷ましでも、いい酒だ、たまらない。 刺身も 旨い。 ぬた、味がいい、お袋のぬたみたいだ。 何だい、お前さん。 (む せながら)静かにしろ、泥棒だ、さっき旦那の置いていった金を出せ、伊達に 二尺八寸の段平物を差してるんじゃない、騒ぐと振り回すぞ。 よーよー、音 羽屋! 何も差してないじゃないか。 お前さん、旦那の贔屓の噺家か、幇間 なんだろう、驚こうか、キャッ。 驚いたところへ、尻を端折って長襦袢出し て、カッポレかなんか踊ろうってんだろう、このカッポレ泥棒。 大きな声を 出すんじゃないよ。

 実は私、今はこんなことをしているけれど、前はお前さんと同じこれなんだ よ(と、人差し指を曲げる)。 何だ仲間の家か、ドジ踏んだな。 ウチに入っ たのも何かの縁、あたし相談があるの。 別れ話が出てんのよ、あの旦那はい い人なんだけど、お金の勘定しか頭にない。 さっきのお金は手切れ金よ、半 分は明日、それで自由の身になる。 そうしたら、望みの男と一緒になりたい。  男は見てくれじゃないよ、お前さんみたいな人をさがしていたんだよ。 だけ ど、おかみさんがいるんだろう。 独り者だ、女っ気がない、さばさばしたも んだ。 本当かい、嘘つきは泥棒の始まりっていうよ、もう泥棒か。 じゃあ、 一緒になっておくれでないかい、女が恥を忍んで頼んでいるんじゃないか。 本 気なのそれ、こんないい女が、嬉しいね。 夫婦固めの盃を。 ここで、いい のかい。 三々九度のお盃。 うめえな、人間、真面目にやって来ると、いい ことがあるんだ。 ご返杯、キューーッといって、いって。

 姐さん、名前はなんていうの。 俺は、親分がもぐら小僧の泥の助、その一 の子分で、いたち小僧のさいご兵衛、てんだ。 高橋お伝、知ってる? 私の おばあちゃん。 高橋お伝の孫かい、名門の出だったのか。 お伝の孫で半ぺ んじゃなくって、菊というの。 お菊さんか。 呼び捨てにしておくれ。 い いのかい、おーー、お菊。 なんだい、お前さん。 うれしくなっちゃったよ、 今晩、泊まっていこうかな。 だめだよ、お前さん、旦那が焼餅焼きでね、二 階に柔の先生を用心棒に雇ってある、今、お湯に行っている。 明日の朝、旦 那と話をつけておくから、昼過ぎ時分に来ておくれ、合図は三味線の音で。 お 金持っているの、紙入れをちょっと貸して…、こんな大金、お前さんに持たし ておくと、何するかわからない、預かっておくよ。 えっ。 お前さんのもの は私のものだよ。

 明くる日、早めにやってきた泥棒、三味線が鳴らないので、町内を一回り。  いい女だったが、いくつかな、27,8か、30デコボコ、薄暗い所だったからな 35,6、着物の柄が地味だったから55,6。 お天道様が真上に来たのに、三味線 が鳴らない。 目の前にタバコ屋がある、聞いてみよう。

 前の家、お菊の家だね。 お身寄りの方で。 マア、そんなもの。 ゆんべ の話、ご存知でしょ。 ご存知ない、おばあさん、座布団持って来て、話をし て一緒に笑おう。 昨夜泥棒が入ったんだけど、この泥棒が間抜けな泥棒でね、 ハハハ、夫婦約束したってんですよ、どこの世の中に泥棒と夫婦約束する人が いますか、アッハッハ、おめでたい泥棒でしょ、盃事までしたそうで。 泊ま っていくというんで、お菊さん、とっさの機転で、二階に柔の先生がいるって 言ったら、泥棒が震えたそうです、前の家は平屋ですよ。 昼過ぎ、そろそろ 間抜けな泥棒が来るてんで、町内中知らない奴がいない、節穴という節穴から 覗いて待っている。 お菊は、どうしました。 店の人が手伝いに来て、今朝 早々ご転宅になりました。 ご転宅? 引っ越し。 お菊さん、元は義太夫の 師匠だったそうで…。 道理で、うまく語りやがった。