喜多八の「らくだ」後半2015/09/10 06:29

 なんだい、屑屋さん。 らくださんが、死んだんです。 よかったな。 兄 弟分ていう、すごい人が来て、私だけ泣いてんです。 その人が、菜漬けの樽 をもらってこいって。 とんでもねえ、らくだは、店の前を通ると、沢庵でも なんでも持ってちゃうんだよ。 菜漬けの樽、貸していただけますか、空いた ら返しますから。 冗談じゃない。 寄越すの、寄越さないのって、言ったら、 死人にカンカンノウを踊らせるって。 見てえな。 本当にやりますよ、大家 さんは腰を抜かした。 持ってけ、持ってけ、縄に天秤棒も。

 そうか、ご苦労、カンカンノウがきいたな。 長屋の香典と、大家の婆アが 来たよ。 一杯やれ、身体清めろ、いいからやってけ。 俺もやってみた、悪 い酒だったら、たたっ返してやろうかと思ったが、悪くねえんだ。 そんな大 きなもので。 お気持ですから、頂きます。 どうも、ごちそうさまでした。  いい飲みっぷりだな、もう一杯やれ。 身体、清めろ。 それなら、頂きます。  キューーッ、チュチュ(指まで舐める)。 じゃあ、ザルと秤を。 駆け付け三 杯って言うじゃないか、やってけ、水じゃないんだから。 あ、どうも、はい、 はい、まだ入えりますよ。 すすめ上手で、困っちゃう。 あの大家がね、よ っぽど怖かったんですよ。 嫌えじゃないんですが、しくじったことがあるん で、一本酒と決めているんで。 カカアに苦労かけて、早く亡くして。 あな た、えれえ人だね。 世の中、知らんぷりするのが多い。 あなたは一文無し で、これだけの支度しちゃう。 すみませんね、半ぺんを一つ。 ペチャ、ペ チャ、あー、うまい。 すみません、どうも、どうも。

 仏様ここにおいて言うんじゃないけど、ある時、この野郎でも、猫抱いて寝 てやがんの。 明くる日、屑屋って呼ばれたら、猫の毛皮があるが、持ってい かねえかってね。 しゃっくりして、目ぱちくり。 何、人の面を見ているん だよ、どうしてつがねえんだよ。 いいから、つげってんだよ。 やさしく、 言っているんだ。 屑屋、屑屋って、手前え、俺をただの屑屋だと思ってるん だろ。

 小便してくる間、水汲んで来い。 湯潅の真似事しようじゃないか。 小便、 引っ掛けちゃったよ。 頭、丸めてやろう。 フッフッ、(髪の毛を乱暴に引っ 張る)痛かねえってよ。 カッコウついたな。 菜漬けの樽に、入らねえ。 頭、 ギュッと押し込め。 なあ、兄貴よ、何から何まで、すまねえな、らくだの寺 がないんだよ。 落合の知り合いが、焼き場、火屋(ひや)をやってる。 俺 が先棒で行ってやる。 いい気持だなあ。 弔えだ、弔えだ! こりゃ、こり ゃ! 火屋の手前で、足を取られて、ひっくり返した。 どっこいさ、よっこ らさ。

 ここだ、俺だ、俺だ。 久さんか、よく来たな。 兄弟分だ、挨拶しろ。 仏 一つ、焼いてもらいてえ。 おお大人だ。 切手がねえ、俺とお前の誼(よし み)だ、遊びに行ったとき、棒に引いてくれ。 どんな仏か、からっぽだぞ。  さっき、ひっくり返った時、落っことしちゃったんだ、見に行こう、拾われる といけねえ。 誰が、拾うものか。

 願人坊主が酔っぱらって寝ているのを、あっ、あった、あった、あったまっ ちゃったな。 あっ、苦しい。 うるせえ、死んでるくせに、生意気なこと言 うな。 拾ってきたよ。 こっちへ持って来い、火をつけるから。 アッチッ チ! 生き返りやがった。 なんてことをしやがるんだ、ここは、一体どこだ。  ここは、日本一の火屋だ。 なに、ひやだ? 冷酒(ひや)でもいいから、も う一杯くれ。