腸の神経細胞から、脳は生まれた2015/09/22 06:38

 藤田紘一郎さんは、つぎに「脳の健康は、まず腸から」と確信していること を説明する。 私たち多細胞生物が初めて持った臓器は、腸だった。 腸だけ で生きる腔腸動物(ヒドラ、イソギンチャク、クラゲなどの仲間)の発生が、 生物の進化史を大きく発展させることになる。 腔腸動物はやがて、ミミズや ヒルなどの環形動物や、ヒトデやナマコなどの棘皮動物へと分離していき、さ らに長い時間をかけて脳を持つ動物が発生した。 その進化の過程で、腸はさ まざまな臓器へと分離した。 たとえば、腸にあった栄養分を蓄える細胞が分 離して肝臓になり、血中の糖分を調整するホルモンを分泌する細胞が膵臓にな った。 また、食べ物を一時的に貯蔵するための腸の前部が胃になり、酸素を 吸収する細胞が肺になる。 そして、腸の入り口にあった神経細胞の集まりか ら、脳が生まれたと考えられている。

 藤田さんは言う。 私たちは学校教育で「思考の場所は脳である」と、教え られてきたけれど、しかし、そうではなかったのだ、と。 腸には、大脳に匹 敵するほどの神経細胞が存在している。 脳を持たない生物たちが腸で思考す るように、私たちの腸も、日々、生命活動における大切な判断を行っているの である、と。

 約230万年前に、人類の祖先から進化した「ホモ・ハビリス」が出現する。  彼らは石器を開発し、それまでの果実や木の実、ナッツ類の植物性のものから、 肉食に傾くようになる。 草食は、消化に多くの時間とエネルギーを要するけ れど、肉食ならば、効率よく多くのエネルギーを得られる。 肉食の割合を増 やしたことで、人類は胃腸の働きを軽減させることに成功した。 同時にそれ は、大量の植物を消化する機能を衰えさせる。 腸の長さが短くなったのだ。  肉食の、ライオンの腸の長さは体長の4~5倍だが、草食の、牛や羊の腸は体 長の約20倍もある。 人間の腸の全長は7~9メートルほどで、体長の約4.5 ~6倍だ。 腸が短くなった分、腸で使用される血流量が減った。 その血流 は、優先して脳に回されるようになったのだ。 イギリスの人類学者、L・ア イエロとP・フィーラーらの学説によれば、胃腸の縮小と脳の増大は、トレー ドオフ(差引関係)にある。 人間の脳は、腸の短縮のおかげで大きく成長で きた歴史を持っているのだ。

 ところが脳は、自らの増大に成功すると、人間の体をわがもの顔で制し、勝 手な振る舞いを起こすようになった。 脳の欲求にしたがって行動していると、 腸は困ったことになる。 体に悪いとわかっているのに食べすぎたり、飲みす ぎたり、食品添加物にまみれた加工食品を口にしたりするのは、みんな脳が要 求している結果だと、藤田さんは言う。 発達した脳のおかげで高度な文明社 会を築けたけれど、その脳が人間をおかしくしたのも事実で、認知症も起こさ せているのだ、と。