一之輔の「ふだんの袴」2015/11/01 07:06

 ツルツル頭の一之輔、職業選択の自由というものがあるけれど、復興大臣、 仮設住宅の戸締りなんかをやるんでしょうかね。 30年前の下着、ゴムも伸び ているでしょうから、もうやらないって、いうんなら、許してやってもいいん じゃあないか。 復興より、法務大臣のほうがよかったかも。

 落語研究会の前座を務めると、出世しない。 今日のは(柳家小はぜ)、顔も りりしく、てきぱき働いているけれど。 自分が前座の頃、先日亡くなった圓 蔵師匠は、新宿の末広で、楽屋の入口から服を脱ぎ始め、席に着く時にはパン ツ一丁になっていた。 慣れれば、楽しいけれど、気違いかなと思う、これは 放送されない。 前座の淹れたお茶は、絶対飲まない。 髪の毛やフケが、入 っているから。 なんで、と聞いたら、俺がやってたんだよ。 自分からは、 口をきくなって、立前座の兄サンに言われた。 圓蔵師匠を訪ねて来た人がい て、何だって、きくから、お仕事じゃないですかって、言った。 もし仕事じ ゃなかったら、(師匠の)一朝に言って、クビだぞ、と怖い。 えらいね、お前 は、仕事だったが、三万円で誰が行くか。 五千円くれて、みんなに牛丼買っ て来いよ。

 鈴本の斜向かいに、ABAB、赤札堂ってのがある。 前座で、読み方がわか らなかった。 兄サンが、アブアブだ、憶えときな。 田舎から出て来た後輩 が聞くから、アブアブだ、忘れんなよって言ったら、向こうはオイオイ(OIOI) ですかって。 その中央通り、昔は御成街道といって、将軍様が寛永寺に御成 りになる。 御成街道沿いの古道具屋、といっても、書画骨董などいいものを 扱う店を、ひとりの武士が覗く。 黒羽二重に仙台平の袴、細身の大小を差し、 手には鉄扇を持って、なかなかの貫禄。 許せよ、あるじ、その方の店はここ であったか、なかなかよい店構ではないか、墓参の戻りでな、供の者が来るま で寄らせてもらうぞ。 定吉、座布団を、綿のいっぱい入った方、お茶に羊羹、 古いのはいけない、元禄十四年のはいけない。 床几に掛けて煙草を喫う、呼 び火といって、煙草が上等で火の方が寄って来る。

 その鶴の掛軸、なかなかよいな、文晁の作ではないか。 落款がございませ んが、谷文晁の作と心得ます。 谷文晁でなければ描けぬ、名人だな。 あっ、 お袴の上に、火玉が落ちました。 案じるな、これはいささか、ふだんの袴で ある。 そのうちに供の者が来て、どこかへ行ってしまう。

 それを見ていた、頭の配線がぶつぶつと切れた男。 鷹揚だね、俺もやろう か。 今は植木屋に身をやつしているが、実はお武家の出かなんか、言われる かな。 袴がない。

 大家、いるか。 馬鹿が来た、八公だ。 貸して、貸して、リャンコのはい てるキュウクツブクロ。 窮屈袋ってのは面白いな、袴だろ。 そのカマだ。  何に使う? 焦がしゃあしない(と、口笛を吹く)。 その口笛は、何だ。 祝 儀、不祝儀か? 祝儀、不祝儀だ。 祝儀と不祝儀が、ぶつかったのか? ぶ つかったんだよ。 大変だな。 大変な騒ぎだ。 たまにはある。 三月(み つき)にいっぺんはある。 上野へ向かって湯島の坂から、祝儀がおっこって 来て、不祝儀とぶつかったんだ、取っ組み合いの喧嘩になって…。 喧嘩の仲 裁か? 鰻屋の二階で、喧嘩の仲人をやる。 折れっ釘にぶら下がってヤツを 持って行け。 こんなヒダ(飛騨)が崩れて、高山大惨事じゃないヤツ、箪笥 の抽斗の三番目に入ってるのを、貸して。 よく知ってるな。 留守の時に、 開けて見た。 どうせ、茶番かなんかに使うんだろう、それでいい。

 袴をようやく穿いて、羽織がない、また借りに行くと怒られるから、印半纏 でいいや、鉄扇がないから渋団扇。 歩きにくいな。 まわりの連中が、恐れ おののいた目で見ているぜ。 寄れ、寄れ! 無礼打にするぞ。 ここだ。

 ゆるせよ、ゆるせよ、ゆるせ、ゆるせ、ゆるしてくれーーッ! 旦那、イカ みたいなカッコした人が来ました。 ゆるしてくれーッ! ゆるしてやれ、定 吉。 あるじ、その方の店はここだったか、墓参の戻りだ。 奥へどうぞ。 奥 へは入らん、出すものは出せ。 定吉、座布団、一番薄いのを。 お茶、羊羹 は元禄十四年のがあるだろう。 煙草盆を出すと、銀の無垢じゃなくて真鍮の キセル。 煙草が切れてる。 粉煙草集めて、一服分足りないよ、たもとくそ でいい。 あっ、落っこっちゃった。 すんません、煙草くれねえ。 煙草盆 の抽斗に入ってますので、どうぞ。 悪いね。 プップッ、ハァーーッ。 う まい、いい煙草やってるね、安くねえでしょう、一斤いくら? そんなすんの。  プップッ、ハァーーッ、ポン。 叩いちゃあ、いけねえ、もう一服。 あるじ、 あの鶴はいい鶴だな。 これは恐れ入りました、落款がありませんが、文晁の 作と存じます。 文鳥じゃないだろう、あんな大きな文鳥はいない、どう見て も鶴だろう。 定吉、向うで笑え。 いかにも鶴で…。 いい鶴だ。 と、キ セルを吹いたが、掃除がしてないから火玉が飛び出さない、さらに吹くと、火 玉が飛び上がって頭の上に落ちた。 親方、おつむに火玉が落ちましたが。 心 配するねえ、いささか、ふだんの頭だ。

 一之輔の「ふだんの袴」、快調、かなりの傑作、愉快に笑わせてもらった。

雲助の「文違い」前半2015/11/02 06:29

 雲助の出の前、めくりを返した前座の柳家小はぜ、一之輔のマクラのせいで、 客席の様子見に座っただけで、客席に笑いを呼び、「がんばれよ」の声がかかっ た。 雲助、今、お遊び場所といえば、健全なものから不健全なものまで、い ろいろあるが、昔はジョウロ買いと決まっていた。 昭和33年3月31日にな くなった、国会議員のおばさんが反対して…。 てめえはババアだからいらな いが、いい迷惑だ。 吉原は遊女三千人御免の場所。 入山形に二つ星、松の 位の太夫職ともなれば、俳句も詠めば和歌も詠む、月琴木琴も弾けば借金の言 い訳もする、花も活ければ炭団(タドン)も埋ける、猫の死んだのは裏庭に埋 ける。 その花魁が、ブッと、屁を一発やった。 只今は失礼、おっ母さんが 長の患いで、その病が治るように願掛けをして、月に一度お客様の前で恥をか くことに。 するとまた、大きいのを、ブッ。 これは、来月の分。

 <他人(ひと)は客、おのれは間夫と思う客>。 十両だけ、出来た。 足 りないよ、半ちゃん、親父が下で座り込んでいるんだよ、二十両の無心で、こ れで親子の縁を切ってもよい、今度限りだと。

 在方から来る角蔵ってのが、いるんだよ。 はい、半ちゃんだから構わない よ、来たのかいアン畜生、田印が…。 六番です。 向う前だから、話が聞こ えるかもしれないけれど、金を持って来たと思うの、お前と来たら、すぐにチ ンチン(やきもちの意)なんだから。

 パターリ、パターリ。 生きてのかい、ちょっくら、こけこ、ちょっくら、 こけこ。 ニワトリみたいだね、何本手紙出しても、返事がないじゃないか、 こないだ坂井屋に登楼(あが)ったのはわかってるんだ。 あれ、どうして。  蛇の道は蛇って、いうだろ。 付き合いだ、茂左衛門、寅八郎なんぞに連れら れてな、あそこのアマッコの顔の長いこと、馬が紙屑籠に鰻をくわえたようだ った。 浮気な男だよ。 なんぞ、旨い物を持って来い。 私とお前さんの浮 名は、新宿中で知らぬ者はない、苦労が絶えないから痩せたのがわかるだろう。  おっ母さんの具合が悪いから、お百度踏んでるんだ。 医者が人参という高い 薬を飲ませなければというんだ、二十両もする。 人参なら、おらが村では一 分も出せば、どっさりくる。 お金、貸しておくれ。 ねえよ、十五両ぐれえ ならあるが、おらの銭じゃない、上(かみ)の竹松の馬、引っ張って帰らねば ならない。 おっ母さんが死んじゃってもいいの。 もういいよ、頼まない、 年期(ねん)が明けたら夫婦になる約束は反故だ。 馬とおっ母さんを、一緒 にするような人では…。 金やるから、持ってけ。 おらが悪かった、詫びる だで、持ってけ。 何もお前さんに謝らせて、お金をもらうような働きのある 者じゃない。 年期が明けたら、ヒーフになろう。

雲助の「文違い」後半2015/11/03 06:17

 半ちゃん、十五両出来たから、五両出しておくれよ。 今日のところは、そ れで話をつけてくれ。 出してくれないのかい、じゃあ、いらないよ。 わか った、わかった、五両やるから。 いらないよ。 出したんだから、持ってけ、 謝る。 私は、何もお前さんに謝らせて、お金をもらうような働きのある者じ ゃない。 あと二両つけるから、親父に旨いもんでも食うようにって、言って くれ。 すまないね、お前さんにこんなことしてもらって、ちょっと待ってい ておくれ。

 階段を下りると、暗い座敷に、年の頃なら三十二、三、苦み走ったいい男、 目が悪いのか紅絹(もみ)の布(きれ)で時々目を拭く。 芳さん、待たせた ね、お金出来たよ、ここに二両余計にあるから、美味しい物でも食べて、目が 治るんだから。 すまねえな。 夫婦の仲だから、いいんだよ。 ことによる と、目がつぶれるかもしれねえってんだ、内障眼といって真珠という薬をつけ ねえと。 今夜のところは、泊まっていってよ。 これから医者に行って療治 をしてもらう、一刻(いっとき)を争うんだ。 お金を渡したんだから、代わ りに泊まってよ。 勘弁してくれ、これはお返ししましょう。 怒ったのかい。  早く療治をしようというのが不承知だなんて、冗談にもほどがある。 持って っておくれ、詫びるから。 俺は、何もお前に謝らせて、お金をもらうような 働きのある者じゃない。

 お杉が心配して、二階の欄干から見ていると、芳次郎が二、三丁行ってから、 路地に杖を放り込んで、待たせてあった駕籠に乗って、四谷の方へ行ってしま った。

 煙草を忘れたよ。 芳次郎の座っていた所に、手紙が一本。 「芳次郎様参 る。小筆より」 きれいな手だね。 「兄の欲心より、田舎の大尽に妾に行け、 いやならば、五十両よこせとの難題。 旦那に頼み三十両だけこしらえ候ども、 後金二十両に差し支え、ご相談申し上げ候ところ、新宿の女郎にてお杉とやら を偽り、二十両おこしらえ下さるそろ…」。 畜生、この女にやる金だったんだ。

 何をしてやんでえ、銭を渡したら、戻ってくるがいいじゃないか。 煙草が 無くなった。 抽斗、抽斗と…、手紙が入っているじゃないか。 「お杉様参 る。芳じるしより」だと、半さんという色男がいるのを知らないな。 「金子 (きんす)才覚できず、ご相談申し上げ候ところ、馴染み客にて日向屋の半七 に」、なんだ俺の名前が出て来た。 「半七をだましおき」だと、畜生、七両騙 (かた)られた。 花魁、こっちへ入れ。 七両騙られた。 私は二十両騙ら れた。 やい、色男のあるなぁ、ちゃんとわかっているんだ。 色女のいるの は、ちゃんとわかっているんだ。 おぶちだね。 殺すんなら殺せ。

 誰か、いねえか、喜助! 向うの座敷で、引っ叩かれているのはお杉でねえ だか。 色男に金をやったの、やんねえのと、いっとるようだが、色男という わけではござえませんと言って、止めてやれ。 アーッ、待て待て、そんなこ とを言ったら、おらが色男だということが、顕(あら)われやしねえか。

生志「猫の皿」のマクラ2015/11/04 06:31

 昨日まで二週間ヨーロッパに行って来たという。 プログラムの長井好弘さ んによると、一昨年の秋、噺家生活25年を機に「ワールドツアー」を始め、 パリ、ニューヨーク、ボストンで公演したそうだ。 今回はミュンヘンに一週 間いて、ミュンヘン大学の日本語学科などで落語を演り、パリに回って、帰っ て来た。 人種のルツボの中にいて、今日は由緒ある落語研究会、ほっとする な、と思って、やって来た。 ここの楽屋は靴を脱ぐ、下足番の名札が私だけ 「立川生志」とフルネームになっていた。 何で? 疎外感がある。 何で?  外人枠みたい。 ほかは落語協会の皆さんだけれど、不思議だ。 下足番のお じさんに聞いたが、黙ってた。 何か、言ってほしい。 さっき、また見に行 ったら、なぜか、それぞれの亭号が、鉛筆で書いてあった。 立川流というの は、気にしない。 わが道を行く。 落語研究会に出てる人は少ないので、有 難いと思っている。 自分では、馴染んでいるというつもり。 立川流のハト 派、といわれている。

 パリから12時間、日本の青い方の航空会社で帰って来た。 今月、機内の 落語は志の輔で、すぐに止めてしまった。 赤い方の航空会社、10月中の国内 線は、私。 いま、日本の空には、ジェット気流と立川流が流れている。 林 家三平君(?)からメールが来た。 機内で「紺屋高尾」聴きました、「グッ、 ジョッブ!」。 落語研究会でネタおろしですか、頑張りますね、これから松山 でご飯です(林家三平は「松山めで鯛使」だそうだから、三平だろう)。 「グ ッ、ジョッブ!」はないだろうが、「坊ちゃん」三平君だからいいか。

 飛行機の運賃が安くなった。 それにつれて、CA(キャビンアテンダント) さんも、以前ほどは胸の高鳴りのしない、旅回りみたいな感じになった。 CA さんに、機内誌の写真を指して「これ、僕」って、言う。 ハッ、ご本人で、 私はまだお聴きしてませんが…。 チーフ・パーサーが来て、白い制服、年も 上の、首のまわりに年輪が刻まれている…、よかったらと、ノドにいい飴をく れた。 前回のチーフ・パーサーは、実物の方がすてきですね、と言った。

 青い方の航空会社のCA、「これ、僕」ってやったら、「アーーアッ」と、両 手を一杯に広げたリアクション。 この方、この方よ、と、すごいリアクショ ン。 二人目も、オーバー・ゼスチャー。 ことによると、研修を受けている。  研修を受けてるに違いない。

 昔も、旅をして回る商売があった。 道具屋、と「猫の皿」に入った。

生志「猫の皿」の本篇2015/11/05 06:31

 昔も、旅をして回る商売があった、道具屋。 庄屋の蔵なんかから、掘り出 し物を見つける。 くたびれたな、お茶処、お休み処か。 誰か、いないのか。  どちら様で。 客だよ。 久し振りのお客様で、半年ぶりの…。 一服したい、 煙草盆を。 景気付けに一本つけてもらおうか。 お酒ですか、ウチはお酒は ないんでございます。 お団子と、お茶だけ。 半年ぶりで、団子、大丈夫か。  ウチのは草団子、カビが生えても、見た目にはわからない。 お茶だけくれ。

 田舎も油断がならない、こちらの足下を見る。 先祖が織田信長様の側近だ ったという庄屋で、信長様の従兄弟の知り合いが舞った扇、左甚五郎のこさえ たミミズ、左甚五郎の彫った蛙なんてのがあった。 この蛙、甚五郎の作とい うだけに、よく出来ている、動く。 生きているんだ。 回りの奴が、らくだ の親分みたいで、買わないと殺すぞ、なんて言う。

 猫がいる。 白か、目の回りだけブチになって、まずい面だ。 お茶です。  湯呑ごと熱いぞ。 お酒がないので、熱燗のお茶です。 半年ぶりのお客様に、 私の熱い思いを。 ブチ、こっちにおいで。 今、エサをやりますから。 シ ッポを振って、ついていったよ。 よく食うね、何をやってるんだ。 私の食 べ残しに、カツブシまぶしたやつで。 いい塩梅の熱さの、茶をくれ。

 猫が食ってた皿、高麗の梅鉢だ、江戸で二百両にはなる、宝の持ち腐れだ。  なんとか、ならないか。 ブチ、こっちへ来い、ここに座れ(猫を膝に抱く)。

 今度はうまいね、いいお茶だ。 江戸の家には、かかあ一人で、ガキがいな い。 俺は旅が多いんで、猫を飼っていたんだが、ひと月ばかり前にいなくな った。 この猫、俺になついているんで、譲ってもらえないかな。 今はおり ません婆さんが拾ってきて、可愛がってきたんです。 ここに三両ある、これ で譲ってくれねえか。 ウチには、あと二匹いるんで、お譲りします。 ブチ、 よかったな。 今日は泊まりになる、宿で刺身かなんか食わしてやるから、宿 のを使うと汚たねえって言われるので、さっき猫が食ってた皿、紙に包んでく れないか、割れると困る。 木の皿が、奥にありますから。 あの皿がいいん だ。 あなたは汚たねえと申しますが、あれは二百両から三百両になろうかと いう代物で、お譲りすることは出来ませんで…。

 婆さん! 私の家内で、梅と申します。 さっき、なくなったと、言わなか ったか。 今はおりませんがと…、隣の村に買い出しに行っていまして。 酒 が好きなんで、当てを買いに。 酒はない、と。 売るもんが、ない。 バチ、 よかったね、江戸へ行けて。 ブチじゃないのか。 バチ、梅とバチ。 あと の二匹は、コウとライ。

 どうして高麗の梅鉢なんかで、猫にエサを食わせるんだ。 そうしてますと、 半年にいっぺんぐらい、猫が高く売れるんでございます。