雲助の「文違い」後半 ― 2015/11/03 06:17
半ちゃん、十五両出来たから、五両出しておくれよ。 今日のところは、そ れで話をつけてくれ。 出してくれないのかい、じゃあ、いらないよ。 わか った、わかった、五両やるから。 いらないよ。 出したんだから、持ってけ、 謝る。 私は、何もお前さんに謝らせて、お金をもらうような働きのある者じ ゃない。 あと二両つけるから、親父に旨いもんでも食うようにって、言って くれ。 すまないね、お前さんにこんなことしてもらって、ちょっと待ってい ておくれ。
階段を下りると、暗い座敷に、年の頃なら三十二、三、苦み走ったいい男、 目が悪いのか紅絹(もみ)の布(きれ)で時々目を拭く。 芳さん、待たせた ね、お金出来たよ、ここに二両余計にあるから、美味しい物でも食べて、目が 治るんだから。 すまねえな。 夫婦の仲だから、いいんだよ。 ことによる と、目がつぶれるかもしれねえってんだ、内障眼といって真珠という薬をつけ ねえと。 今夜のところは、泊まっていってよ。 これから医者に行って療治 をしてもらう、一刻(いっとき)を争うんだ。 お金を渡したんだから、代わ りに泊まってよ。 勘弁してくれ、これはお返ししましょう。 怒ったのかい。 早く療治をしようというのが不承知だなんて、冗談にもほどがある。 持って っておくれ、詫びるから。 俺は、何もお前に謝らせて、お金をもらうような 働きのある者じゃない。
お杉が心配して、二階の欄干から見ていると、芳次郎が二、三丁行ってから、 路地に杖を放り込んで、待たせてあった駕籠に乗って、四谷の方へ行ってしま った。
煙草を忘れたよ。 芳次郎の座っていた所に、手紙が一本。 「芳次郎様参 る。小筆より」 きれいな手だね。 「兄の欲心より、田舎の大尽に妾に行け、 いやならば、五十両よこせとの難題。 旦那に頼み三十両だけこしらえ候ども、 後金二十両に差し支え、ご相談申し上げ候ところ、新宿の女郎にてお杉とやら を偽り、二十両おこしらえ下さるそろ…」。 畜生、この女にやる金だったんだ。
何をしてやんでえ、銭を渡したら、戻ってくるがいいじゃないか。 煙草が 無くなった。 抽斗、抽斗と…、手紙が入っているじゃないか。 「お杉様参 る。芳じるしより」だと、半さんという色男がいるのを知らないな。 「金子 (きんす)才覚できず、ご相談申し上げ候ところ、馴染み客にて日向屋の半七 に」、なんだ俺の名前が出て来た。 「半七をだましおき」だと、畜生、七両騙 (かた)られた。 花魁、こっちへ入れ。 七両騙られた。 私は二十両騙ら れた。 やい、色男のあるなぁ、ちゃんとわかっているんだ。 色女のいるの は、ちゃんとわかっているんだ。 おぶちだね。 殺すんなら殺せ。
誰か、いねえか、喜助! 向うの座敷で、引っ叩かれているのはお杉でねえ だか。 色男に金をやったの、やんねえのと、いっとるようだが、色男という わけではござえませんと言って、止めてやれ。 アーッ、待て待て、そんなこ とを言ったら、おらが色男だということが、顕(あら)われやしねえか。
最近のコメント