生志「猫の皿」の本篇2015/11/05 06:31

 昔も、旅をして回る商売があった、道具屋。 庄屋の蔵なんかから、掘り出 し物を見つける。 くたびれたな、お茶処、お休み処か。 誰か、いないのか。  どちら様で。 客だよ。 久し振りのお客様で、半年ぶりの…。 一服したい、 煙草盆を。 景気付けに一本つけてもらおうか。 お酒ですか、ウチはお酒は ないんでございます。 お団子と、お茶だけ。 半年ぶりで、団子、大丈夫か。  ウチのは草団子、カビが生えても、見た目にはわからない。 お茶だけくれ。

 田舎も油断がならない、こちらの足下を見る。 先祖が織田信長様の側近だ ったという庄屋で、信長様の従兄弟の知り合いが舞った扇、左甚五郎のこさえ たミミズ、左甚五郎の彫った蛙なんてのがあった。 この蛙、甚五郎の作とい うだけに、よく出来ている、動く。 生きているんだ。 回りの奴が、らくだ の親分みたいで、買わないと殺すぞ、なんて言う。

 猫がいる。 白か、目の回りだけブチになって、まずい面だ。 お茶です。  湯呑ごと熱いぞ。 お酒がないので、熱燗のお茶です。 半年ぶりのお客様に、 私の熱い思いを。 ブチ、こっちにおいで。 今、エサをやりますから。 シ ッポを振って、ついていったよ。 よく食うね、何をやってるんだ。 私の食 べ残しに、カツブシまぶしたやつで。 いい塩梅の熱さの、茶をくれ。

 猫が食ってた皿、高麗の梅鉢だ、江戸で二百両にはなる、宝の持ち腐れだ。  なんとか、ならないか。 ブチ、こっちへ来い、ここに座れ(猫を膝に抱く)。

 今度はうまいね、いいお茶だ。 江戸の家には、かかあ一人で、ガキがいな い。 俺は旅が多いんで、猫を飼っていたんだが、ひと月ばかり前にいなくな った。 この猫、俺になついているんで、譲ってもらえないかな。 今はおり ません婆さんが拾ってきて、可愛がってきたんです。 ここに三両ある、これ で譲ってくれねえか。 ウチには、あと二匹いるんで、お譲りします。 ブチ、 よかったな。 今日は泊まりになる、宿で刺身かなんか食わしてやるから、宿 のを使うと汚たねえって言われるので、さっき猫が食ってた皿、紙に包んでく れないか、割れると困る。 木の皿が、奥にありますから。 あの皿がいいん だ。 あなたは汚たねえと申しますが、あれは二百両から三百両になろうかと いう代物で、お譲りすることは出来ませんで…。

 婆さん! 私の家内で、梅と申します。 さっき、なくなったと、言わなか ったか。 今はおりませんがと…、隣の村に買い出しに行っていまして。 酒 が好きなんで、当てを買いに。 酒はない、と。 売るもんが、ない。 バチ、 よかったね、江戸へ行けて。 ブチじゃないのか。 バチ、梅とバチ。 あと の二匹は、コウとライ。

 どうして高麗の梅鉢なんかで、猫にエサを食わせるんだ。 そうしてますと、 半年にいっぺんぐらい、猫が高く売れるんでございます。