春風亭朝也の「代脈」2015/12/01 06:34

 24日は、第569回の落語研究会だった。

「代脈」      春風亭 朝也

「景清」      金原亭 馬治

「富久」      古今亭 志ん輔

      仲入

「武助馬」     瀧川 鯉昇

「三井の大黒」   入船亭 扇辰

 春風亭朝也(ちょうや)、草彅剛似でおでこが広い、12キロ痩せ、3年ぶり で人間ドックに行ったが、悪い所はなかった。 診断技術が発達して、無病息 災はこの世にない、医者も一病息災がいい、その時代だという。 昔は、四百 四病といった。 何の病気でも葛根湯を出す、葛根湯医者の小咄をやり、最後 は退屈している付添にまで、葛根湯を出した。

 中橋(なかばし)の尾台良玄という医者の弟子で銀杏(ぎんなん)、いつもボ ーッとしている。 良玄が、銀杏を呼ぶ、居眠りをしていたな。 いえ、ぐっ すり。 しっかり薬を刻まなきゃあ駄目だ。 代脈に行って来てくれ。 蔵前 の大店のきれいなお嬢さんが具合が悪い。 番頭さんが出て来るから、「これは、 これは、番頭さん」と挨拶するんだ。 何か言われたら、落ち着いて「はい、 はい」と言う。 座布団が出て、煙草盆が出るから、そばへ置いておけ。 次 に、お茶と菓子が出る。 菓子は羊羹、七切れ。 食べてはならん。 拷問で す。 お一つどうぞ、と言われたら、懐紙(ふところがみ)を出して、一つ食 べる。 お供の方にもどうぞ、と言われたら、全部包んで持って来る。

 病人のお嬢さんのところへ通されたら、お母さんがいるから、ご老母様と挨 拶をして、脈をみる、それから触診。 わしが先日伺った時、お腹をさすって、 下っ腹のしこりを押したら、お嬢さんが放屁をした。 ホウキをさすった? 放 屁、おならだ、一発、ブーとやった。 お嬢さん、見る見る赤い顔になった。  そこでわしは機転を利かし、頓智頓才、大きな声を出して、最近年のせいか、 とんと耳が遠くなりましてな、と言った。 お嬢さんの顔色は、元に戻った。  下っ腹のしこりは決して触るな。

 銀杏、羽織を着て、仕度をすると、代診が様になる。 駕籠に乗る。 初め て乗った、いいもんだね、清ちゃん!九ちゃん! 清蔵、九蔵と、呼びつけに しな、今日は若先生だ。 ホイ、ホイって、言っておくれ。 道が混んでるか ら駄目だ。 俺が代わりに(駕籠の中から)、ホー、ホー! みんな笑ってるよ、 寝ちゃいな。 着いたよ、本当に寝ちゃってるよ。

 ごめん下さいまし、若先生、お代脈で。 どうぞ、どうぞ、こちらへ。 あ んた誰? 当家の番頭で。 「これは、これは、番頭さん」。 どうぞ、こちら へ。 「はい、はい」。 煙草盆が出てない。 すぐ持って参ります。 私は喫 まない。 お茶と羊羹は? どうぞ。 これは美味しい羊羹で。 お供の方に もどうぞ。 あいつらはいい、先日も居眠りをしていたら、火事だ!って、言 う。 目の前が、真っ赤。 真っ赤な紙をかぶせていた。 では、私はこれで、 失礼。 まだ、病人を診て頂いていない。

 ご老母様、銀杏が来ましたから、ご安心を。 お嬢さん、手が細い、毛むく じゃらで。 それは、猫。 痛い、痛い、ひっかかれた。 口の中を拝見、舌 をペロッとやって下さい。 お嬢さん、舌が長いですね、鼻がなめられますか。  出来ない。 猫は出来ますよ。 無理。 薬で、調合しときます。

 お腹を拝見、白いですね、これなら大丈夫。 触っちゃいけないって先生が 言っていたやつ、力一杯押して…。 ブーーッ! ご老母様、ご用の際には、 大きな声でお願いします。 若先生も、お耳がいけませんか。 はい、今のお ならも聞こえませんでした。

馬治の「景清」2015/12/02 06:26

 お目のご不自由な方がいらっしゃったら、お詫びいたしますがと、馬治は始 めた。 定次郎は腕のいい木彫りの職人だったが、目が不自由になった。 そ れでも杖を担いで、往来を歌って歩く。 ♪明いた目で見て気をもむよりも、 いっそめくらが気楽じゃないか。 定さん、犬が寝ているから、右へ避けろ。  石田の旦那ですか、さっきもそう言われて、騙された。 ワン、ワン! ワン、 ワン! いましたね、長い犬だ、さっき床屋の前で尻尾を踏んで、今、頭を踏 んだ。 別の犬だろう、黒い犬だよ。 白い犬だって、墨を塗りゃあ黒くなる。  強情だね、目の具合はどうなんだ。 花井先生が、匙を投げた、駄目だって。 

 それで定次郎、神仏にすがろうと、赤坂円通寺の日朝様に三七、二十一日通 いつめ、ご利益がある満願の日の朝、目の前をよぎるものがあった。 有難い と、お礼のお題目を唱えていると、蝋燭の数も分かるようになってきた。 お 袋が来て、夜も更けたので一緒に帰ろうというのを、追い返し、さらに「南無 妙法蓮華経」を唱えていると、隣で女の声で「南無妙法蓮華経」。 聞けば、母 一人子一人の同じ境涯、母が生きている内に、目を明けてもらおうと、熱心に お題目を唱える。 共にご利益に預かりましょう、「南無妙法蓮華経」「南無妙 法蓮華経」、掛け合いだね。 すると来ました、女の化粧の香。 トーーンと突 くと、トーーンと揺り返し、ははは、この女はものになる。 手を握ったとた んに、パラッとまた真っ暗になって、前より見えなくなった。 やい、日朝坊 主、やきもち坊主に頼るもんか。

 石田の旦那、仏罰だ、もう良くならない、揉み療治でも覚えて、太く短く生 きますか。 お前さんは、物によっては親父さんよりよい木彫りをする、これ ぞというのを彫り上げてみたいだろう。 鑿(のみ)を握ってみたが、腕が傷 だらけ。 上野の清水の観音様に、願掛けをしたらどうだ。 平家の侍の景清 が、源氏に捕らえられて由比ヶ浜で打ち首になるところを、刀が折れて助かっ た、源氏の世は見たくないと、自分の目をくりぬいて、京都の清水に納めた、 その暖簾わけだ。 おすがりしてみますか。 百日、二百日、三百日、命あら ん限り、おすがりするように。

 満願百日目、観音様、定次郎でございます、百日お賽銭も上げました、きっ かけは一(ひ)の二(ふ)の三(み)、ポンポンで、目を明けて下さい。 「南 無観世音菩薩」一の二の三、ポンポン。 口は開いたけれど、目が明かない。  観音様、目を明けて下さいと、お願いしております。 もう一ぺんやります。  「南無観世音菩薩」一の二の三、ポンポン。 もったいぶってないで、パーー ッと明けて下さいよ。 もう一ぺんやります。 「南無観世音菩薩」一の二の 三、ポンポン、「南無観世音菩薩」一の二の三、ポンポン。 明かねえのか、お い観音、こんな大きな厄介者持っていて、小さな目もあけられないのか。 百 日、無駄にしたよ、この賽銭泥棒、詐欺だぞ。 ボン! 頭、打つな。 定さ ん、後を付けて来れば、こんなことだ、あきれかえったよ、帰りましょう、よ くお詫びをして…。 旦那は、この観音様とグルでしょ。 定さん、帰りまし ょ。 帰れないんだよ、畜生、昨夜、お袋がこの縞物を仕立ててくれた。 こ の縞の一本一本がはっきり見えるように、と。 尾頭付に、一本(酒)用意し ておくからってね。 死にますよ、私は。 お袋も、後を追うだろう。 家へ おいで、おっ母さんとお前を、わしが引き取るよ、帰ろう。 おぼえてろ、観 音!

 不忍池の弁天様まで下りると、本郷台に黒い雲がポッと出て、細引きのよう な雨が降り出した。 石橋に杖をついた途端にドーーンと、落雷。 定は倒れ、 旦那は逃げ帰った。 仏罰は恐ろしい。 寛永寺の鐘の音に、ようやく目を覚 ます。 旦那…、どこかへ行っちゃった。 一人じゃあ、どうすることも出来 ねえ。 きれいな月だなあ、さっきの雨が嘘みたいだ。 月だ、月だ、月だ、 月だ、目が明いたんだ。 一、二、三、四、(と、指を数えて)一本足りないか、 一、二、三、四、五、あった、有難うございます。 家に帰って、母親と手を とりあって喜んだ。 目のない方に目が出来た、お目出たいお噺で。

志ん輔の「富久」前半2015/12/03 06:31

 お酒を飲みに行くところは、年齢で違う。 近頃は、カフェバーなんていう 小洒落たところは行かない。 居酒屋、いいですね、品のいい王子赤羽界隈。  下品極まりない、王子のとある店、生ホッピーがあって、鯉昇さんが毎日いる。  恐ろしいことに、氷が入っていない、焼酎半分入れて割る。 口当たりがいい、 キューーッといっちゃう。 それがグラスじゃなくて、ジョッキ。 それを四 軒目のはしご、はん治さんと上野の呉服屋小池屋と一緒、はん治さんは踊りな がら、どっかへ行っちゃった。 牛歩と同じになって、小池屋に新宿まで連れ て来てもらった。 自分の体ならまだいいが、他人に危害を加えるようになる と困る。

 久さん、仕事休んでるんかい。 仕事したくても、お前はいらないよってな る。 しくじったな、酒か。 浅草三軒町、町内からいなくなるの、初めて。  座敷で立ち上がったところまでは、覚えている。 旦那衆の頭を、ボンボンボ ンと、やったらしい。 六さんは? 楽隠居ってのは、楽じゃない、千両富を 売ってるんだ。 買おうかな。 止めなよ。 一俵の米、一粒つまむようなも のだ。 運勢選びに一枚買います。 鶴の千五百番。 幾ら? 一分。 古川 に水絶えず、ってね、一分、一分、一分、と…(一分を探して)。 襟に縫い付 けてある、親とも、兄弟とも頼む一分、渡しづらい。 当たったら、百両のご 祝儀させて下さい。 そんなの、いいよ。

 大神宮様、幇間の久蔵です、見てるでしょう、人の料簡見抜くのが商売、当 たったら金無垢の鳥居を奉納します。 と、お宮の中に籤を入れ、お神酒を下 ろしてチビリチビリやって、寝てしまう。

 寝入った頃に、ジャンジャンと半鐘。 風がいい、西北、燃えるよ、行かね えか、肩貸せ。 火事はどっちだ。 寒いな、目が明かない。 見えた、芝見 当、久保町あたりだ。 どうする。 浅草だよ、行って火が消えていたら、目 も当てられない。 奥の久蔵さん、久保町の旦那って、いつも言ってるよ。 久 さん、寝ちまったかい。 火事なんて、いいよ、家は大家、布団は損料屋のも のだ。 久保町に旦那がいるんだろ。 足拵えもそのままに飛び出す。 寒い ったらないな、ちきしょう、歯の根が合わない。

 久蔵か、浅草三軒町から、遠い所をよく来た、出入りは許す。 (小さな声 で)そう来ると思った。 風呂敷に、つづらを載せて下さい、かつぐから、火 鉢、針箱、塵篭も。 えい、やっ。 塵篭どけてよ。 針箱も。 火鉢どけて。  全部どけたよ。 えい、やっ。 柱ごと、くくっていた。 鳶頭、どうした?  湿った、よかった。 火事は消えたよ。 一時は駄目かと思ったけれど、よか った、よかった。

 久蔵、帳付けをしてくれ。 文武の文、ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ。 町内の方々 だ、田中屋さん、お酒を有難うございます。 兼十さん、お重詰と酒二本。 旦 那、お酒はどうします? 置いておきな。 三河屋の旦那、尾張屋さん、旦那、 このお酒どうします? 置いておきな。 浅草から来て、ノドかれているんで す。 台所で、水を飲め。 今井野さん、小梅(こんめ)屋さん、太ってるね。 永井の旦那、よくしゃべんね。

 飲むなじゃないよ、どうしてこういうことになったか、肝に銘じて、飲むん だよ。 お清さん、大きい茶碗を一つ。 酒、吟味してるな、アーーウィーー。  ほうぼうに来たね。 ダーーッ。 もう、一杯。 京町のスーさん、おっしゃ る通り、有難うございます、お元気で。 白井の旦那、旦那がいらっしゃる所 じゃない、粋なもんですねえ。 旦那、もう一つ。 見ててよ、立て続けに、 もう一つ。 右近、左近姐さん。 姐さん方、いたの。 久蔵で、あと一つ、 右近、左近で一つ、よだれが出るな。 大きな字で、書いてます。 芸者衆、 ふだんの姿が色っぽい。 華家の女将、その節は申し訳ない。 おっしゃる通 りで、面目ない。 駆け付けて、お許しが出た。 旦那がいいと言うんなら、 しようがない、しっかりおやんなさい。 酔いが醒めたから、もう一杯。 も う駄目だ、奥で寝かせなさい、掻巻をかけてやって。

志ん輔の「富久」後半2015/12/04 06:30

 ジャン、ジャン。 上がったのかい、繁蔵は、どのあたりだ。 浅草、三軒 町。 久蔵を、起こしてやんな。 もう、飲めない。 三軒町が火事だ、すぐ 行きな、万々一の時は、必ずウチに来るんだよ。

 筑波颪(おろし)の江戸の町、けぶってるな。 源さん、火事はどこだ。 お 前んちだ。 ウチの長屋か。 火元は糊屋の婆さん、爪に火をともすように金 を貯めていた、その火が燃え移った。

 久蔵が帰ってきた。 やっぱり丸焼けだったか、しばらくウチに居ろ。 三 度の飯に不自由はないけれど、ほうぼうの旦那に挨拶回りをする。 人形町界 隈で、人があふれていた、椙杜神社の千両富だ。 当たったら、大きな家、大 きな庭に池掘って…。 錦鯉かなんか、飼うのかい。 酒でいっぱいにして、 沢庵かなんかかじりながら、それを飲んで、酔っぱらって溺れるんだ。 俺は、 質屋を始める。 今、通ってるのが、遠いのよ、自分で始めりゃ、手が省ける。

 目隠しをして、長い錐(キリ)でトーーンと突く。 稚児が甲走った声で、 「本日の御富――ッ、鶴の千五百番」。 タッタッタッタッ、と座っちゃう。 運 のいい奴だ。 腰が抜けた。 担いでってやれ。 久さん。 当ったよ、六さ ん。 よかったな。 今だと八百両、来年二月なら千両になる。 今、おくれ。  札を出しな。 火事で燃やした。 何てこった、肌身離さず持っていればいい ものを。 札がなければ、金は渡せないよ。 あんたが売ったんじゃないか。  その通りだけれど、駄目なんだよ。 (襟を指して)ここがほつれたままなの が、証拠なんだよ。 駄目。 四百両でいいよ。 五十両……、いらねえ、死 んじまうよ、お前んとこの質屋にぶら下がるからな。

 おい、久蔵じゃないか。 棟梁。 旦那のところに居候だって…、自分の家 に住みなよ。 火事ん時、ウチの若いもんが飛び込んで、釜と布団、それから さすが芸人だなあ、いい大神宮様のお宮、預かっているよ。 大神宮様のお宮、 返せ!! 返せ!! 開けて、あればよし、なければお前の喉笛に噛みついて …。 何だよ、離せ、離せ。

 これだ、大神宮様のお宮。 パンパン(柏手打って、開ける)、アッ、あった あった。 そうか、千両富に当ったのか、胸倉取るわけだ、よかったよかった。  久さん、千両取ったら、どうするんだ。 これも大神宮様のおかげですから、 ほうぼうのお払いをいたします。

鯉昇の「武助馬」2015/12/05 06:26

 生ホッピーのせいではないだろうが、物忘れが多くなって、今年は落語が随 所でハミングになる。 落語は、お客様がしっかりしていることが大前提の芸 能で、そこを頼りにしてやっている。 お客様は、昔話もご存知だ。 昔々、 お爺さんとお婆さんがおりました。 お婆さんが九時頃に起きて川へ洗濯に行 くと、早く起きて山に柴刈りに行ったお爺さんが流れて来ました。 お婆さん は見て見ないふりをして、半年後、若い男と結婚しました。 アメリカの大学 を出たお嬢ちゃんが帰って来て、アメリカでは同性婚というのが全州で認めら れたんだそうで…。 日本も近々そうなるんでしょうか。 そうすると、落語 も様変わり。 お爺さんとお爺さんが、山に二人で柴刈りに行きました。 終 り。 川へ行く人がいないので、やりにくい。

 私は浜松の出で、もの忘れは多くなったが、子供の頃の思い出は甦る。 今 は、みかんの時期。 昼間はお金を出して買うけれど、夜は、いろいろ方法が ある。 先日里帰りをしたら、夏休みの絵日記が出て来た。 8月4日、将来 の夢、ファッションモデル。 4年生の時は、役者になりたかった。 協調性 がないので、この商売になった。 楽屋で、仲入後、シカ芝居をやろうという ことになって、「俊寛」をやった。 離れ島に残された俊寛が船を見送る場面。  古着屋でそれらしい衣装をあつらえ、張り子の岩につかまった。 幕が開いて、 そのまま幕になった、「瞬間」だった。

 武助か。 旦那様、ご無沙汰を致しました。 役者の修業で上方へ参りまし て、片岡仁左衛門に弟子入りして、土左衛門。 吉本の人か、洒落っ気のある 人だ。 役がすぐに付いて、『忠臣蔵』の五段目の猪、『慶安太平記』で犬、『和 藤内』の虎、『先代萩』の鼠…。 十二支か、人の役は? 腰元の役、「もうよ い、次に下れ」。 セリフがあるのか。 それは兄弟子のセリフで、「へ、へ…」 と言う役。 それで、お終いか。 すぐ江戸に戻ってきたが、芝居は家柄が大 事で、噺家は人気があればいいけれど、ようやく中村勘三郎の向うを張る中村 堪袋(かんぶくろ)の弟子になった。 お笑いの人か。 頭陀袋という名前に しろと言われたが、もじもじしていると、本名のままでかまわないと中村武助 になった。 舞台を踏んで、将来は歌舞伎座や国立に出たいと、努力している。  おとといから、隣町の八百屋を抜けた路地に小屋掛けして、『一谷嫩(いちのた にふたば)軍記』をやっている。 好きな芝居だ、直実か。 それは親方の堪 袋。 何の役だ? 馬の脚。 大変なんです、二人入る。 前脚か? 前脚は 兄弟子の池袋さん、後ろ脚を演じている。

 明日、友達を誘って、総見といこうか。 どれだけの人がいる? 人数より 余計に弁当を差し入れる。 弁当に酒、30人分、楽屋には鰻弁当の差し入れ。  懐かしの鰻の蒲焼だ、あんたの芸がいいからでしょう。 日本一の馬の脚!  ヒヒーーン。 前脚の兄弟子がいない。 鰻弁当食って、裏で昼寝してる。 幕 が上がっている。 池袋さーーん。 次は、目白。 今日は世話になったね。  客の所へ行ったら、舐めてけって言われて、飲んだら、うめえの、一升空けち ゃった、もうベロベロ。 鰻弁当、うまかったねえ、もう寝よう。 駄目です よ、幕上がってんだから、30人の団体、ひと月分の客だ。

 足元定まらず、酒臭い。 下っ腹に力入れると、シャキッとする。 ブッ!  一発、やりましたね。 鰻弁当のお礼だ。 一発で驚くな、奥州のほうには八 戸という所がある。 親方は、鰻弁当を八つ空けた。 黒い塊が出ましたね、 熊谷だ。 今日は馬の後脚の総見だ、声を掛けて…、掛けないと割り前を取る。  待ってました、馬の後脚!

 武助は、声を掛けられたのが初めて、張り切って、ピョンピョン跳ねた。 親 方の熊谷が手綱に力を入れ、首ったまにしがみつく。 張子の馬の首がボキー ッと折れて、親方は落馬、兄弟子の池袋が顔を出す、馬が丸顔になった。 こ んな趣向が隠れているとは、知らなかった、野郎、飲んでるな。 慌てて幕を 締めたのを、前の客が引っ張って、幕がドサーーッと落ちた。 書割が後ろに ツツツッと下がって、裏の家との境の塀に寄りかかった。 折があったら倒れ たいと思っていた塀だ。 書割と一緒に倒れると、裏の家の庭でおかみさんが 行水を終わり、立ち上がったところだった。 アレーッ! さあ、どうする、 どうする。 馬の腹から顔を出した武助、「ヒヒーン、ヒヒーン」と鳴く。 馬 の脚――ッ、真面目にやれーッ。 耳がないから聞こえない。 これが本当の、 馬の耳に見物だ。