農業再生の鍵は補助金でなく技能2016/02/19 06:21

 松尾雅彦さんの講演に刺激を受け、図書館で関連の本を探して見た。 その 一冊、藻谷浩介さんの『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)に、農業 経済学者の神門(ごうど)善久さんとの対談「「農業」再生の鍵は技能にあり」 があった。 神門さんには、著書『日本農業への正しい絶望法』(新潮新書)が ある。

 藻谷さんは、2013年5月、安倍首相はアベノミクスの成長戦略の第二弾とし て「農業の構造改革」を打ち出した、と始める。 その目標は「農産物・食品 の輸出額を倍増させる」、「農業の生産だけでなく加工、流通までを担うという いわゆる六次産業化を推し進めて、現在1兆円の市場を今後10年間で10兆円 規模に拡大する」、「農業、農村全体の所得を今後10年間で倍増させる」、「農 地の大規模化に向けて、分散した農地を集めて管理する『農地中間管理機構(仮 称、農地集積バンク)』を都道府県ごとに設置し、まとまった広さの農地にした 上で、農業法人などに貸し出す仕組みを創設する」……。

 本から外れるが「六次産業」というのが、わからない。 調べると、農業経 済学者の今村奈良臣さんが提唱した造語で、農業や水産業などの第一次産業が 食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態を表わす。 初めは第一次 産業の1と、第二次・第三次産業の2と3を足して6になることをもじった造 語だったが、現在は第一次産業が衰退してはなりたたないこと、各産業の単な る寄せ集め(足し算)ではなく、有機的・総合的結合を図るとして掛け算であ ると、今村さんが再提唱しているそうだ。 付加価値として、農業のブランド 化、消費者への直接販売、レストランの経営などが挙げられる。

 本に戻ると、神門善久さんは、安倍首相の「農業の構造改革」、ピントがずれ た方向で、大成功すると言う。 政府は補助金をガンガン投入するだろうから、 見かけ上は、営農規模も拡大し、農村所得は増えるだろう。 ただし、潤沢な 補助金によって生きながらえているゾンビのような農業や六次産業化に人々が 群がるだけだ、と。 ハリボテの農業だ。 農業というのは、「今降り注いでい る太陽エネルギーを、いかに効率的に生物エネルギーに変えるか」という技術 なのだ。 用水も堆肥も、畜産の飼料も、結局は太陽エネルギー由来のものだ からだ。 これがうまくできれば、環境保護的においしくて栄養価も高い健康 な農産物を継続して育てることができる。 そういう技能を先人たちは育んで きた。 ところが、その技能を退化させ、枯渇性資源の化石燃料に頼ったり、 「能書き」や加工などで粉飾したりしても、動植物は健康に育たず、環境破壊 的で食生活の改善にも資さない。

 ヨーロッパでもアメリカでも、農民は政治家にとって手なずけやすい人たち で、直接的であれ間接的であれ、どんどん補助金漬けで農場を運営させるとい う構造ができやすい。 彼らは日本よりもしたたかで、GMO(遺伝子組み換え) の開発技術はモンサントやカーギルといったアメリカの大資本がしっかりと握 っている。 オランダも生物農薬を握っている。 そういうものがない日本が、 欧米と同じような農業に走っても、ますますゾンビ化、ハリボテ化するだけだ。

 実は日本ほど、耕作の「技能」を高めるのに適したところはない。 高温多 湿で堆肥の技能が発達しているほか、水系ごとにコンパクトに集落が形成され ているので、農作物に影響を与える様々な要素について、総合的な経験知が培 われやすい。 しかも、国土にバラエティがあり、わずかな経度・緯度の差で も気候や地質に違いができるので、それぞれの土地に特化した技能が生まれ、 その技能同士のこすりあいが、さらなる技能の向上を生む。 加えて、経済水 準も高く、教育も普及しているから、農業に必要な科学的知識も身につけやす い。

 六次産業化だとか、大規模化だとか、そういうキャッチコピーが頻繁に使わ れるようになったのは、農業問題の東京化現象とでも呼ぶべきものだ。 つま り、具体的な地域の現状や環境、動植物の生産状況の話というのが抜け落ちて、 都会の人間がイメージをもとに机上で組み立てた議論になってしまっている。

 付加価値をつけて価格を上げることより前に、農業では本来、腕のいい農家 ほどコストを下げられる、という大原則をまず考えるべきだ。 いい農家は、 無料の太陽光線を上手に使うことができるので、結果的にいいものが安くでき て、高く売れる。 しかも、安いコストでやっていければ、天光にる不作など 多少の嫌なことが起きても、あまり打撃を受けずに済む。

 こうした神門善久さんの話を聞いた藻谷さんは、初めて農業の本質に触れた、 と言う。 本質(1)農業も他の産業と同じだ。プロとして生産技能を研鑽し なくては世界に伍す競争力は得られない。 本質(2)農業は他の産業とは違 う。多様な気候・地形・地質に応じ、面積当たり均等に降り注ぐ太陽エネルギ ーを最大限利用して、健康な生き物を育てるためのノウハウは、農地ごとに個 別であり、規模の利益は働かない。

 そして、(1)を踏まえない安易な新規就農促進、加工品シフト、輸出促進は 補助金の無駄遣いに終わる。 (2)を踏まえない安易な規模拡大や異業種か らの参入は、化石燃料消費を増やすだけだ。 誤った実践の蔓延が、神門善久 氏を日本農業に対して「正しく絶望」させている、と。