横畠邦子さんの歌集『小毬の囁き』2016/02/22 06:28

 学生時代に西岡秀雄先生の文化地理研究会というクラブで、一緒だった横畠
邦子さんが、歌集『小毬の囁き』(短歌研究社)を出版された。 日本語の教師
をなさっていたと聞いていたが、2005年にご主人が退職された時に、ともに仕
事を辞め、何か今までと全く違った新しいことを始めたいと思ったという。 一
つは体を使ってすること、もう一つは家の中で一人でもできることで、ジヤズ
ダンスと短歌にした。 近所のカルチャーセンターで大村博子先生の教室に入
り、5年後島田修二師系の「草木」にも入会し、10年間に詠んだ470首を自選
している。 教室に入った頃から、ご病気をかかえられたけれど、短歌は「精
神安定剤」になったという。

 一読、よい人生、素敵な人生を送っていらっしゃるな、というのが第一番の
感想だった。
  わが誕生日深紅の薔薇の花束をさしだす夫の恥づかしげなり
  吾のごとき姑になりたしと娘と嫁の言ひくれしことひと日有頂天
  おふくろの味はと息子に問ひみればラザニアと孫の声も重なる
  誘はれてホテルに出向けばサプライズ吾が古稀祝ひ家族揃ひぬ

 同年代だな、と改めて感じる歌もある。 「母校よりの招待」三首は卒業50
年のことだし、<五十年ぶりに鳥取砂丘訪ふ掬へる砂の手触り懐かし>は文化
地理研究会の山陰・山陽旅行だろうか。 
  無言館へ酷暑の坂をのぼり行く戦争はつか覚えをり吾は
  千切れさうに使ひ込みたるディラハム札終戦直後の日本思へり
  蝋燭の煤つけたりしガラス片に見し日食の幼時ははるか

国内外をよく旅行されている。 歌集名『小毬の囁き』は、50歳で始めたゴ
ルフから考えたそうだが、ゴルフの歌も多い。
 リーダーの象足先で探りつつ一族率ゐて河渡り始む
 厳戒のホルス神殿歩哨所に主なきライフル一丁残れり
 晶子詠みし火の色雛罌粟ゆるる原ノルマンディーの穏やかな地に
 誇らかな郭公に交じり老鶯の声忍びやかにフェアウェイわたる
 わが打球いづこへと追へば日向灘の波の聞こゆる松林の奥

 学生時代に感じた、素直でさっぱりとしておられ、時に率直できっぱりとし
たご性格も、持ち続けられているように思う。 「ケイタイ」は、東日本大震
災で帰宅難民になり、歩いて10時間かかった折のもの。
  すれ違ふ度にかはせる「ありがたう」「お先に」清し大雪の朝
  ケイタイで道教へくれし人のあり「お気をつけて」の一言に涙す
  花魁の装束つけたる新成人その装ひの心知りしか

 「起き臥し」等にある次のような歌に表われている、ユーモアの感覚も好ま
しい。
  先にたち戒壇巡り終へし夫極楽の錠前触れずに出づとふ
  誰も吾に目を注がぬと知りつつもうつむきて歩く髪切りすぎて
  ポスト開け思ひ出したる休刊日愕然とせり今朝の二度目に
  値札つけ仕舞ひしままの黒コート勧め上手の店員に惜敗