渡辺利夫さんの「歴史認識問題―何が「問題」なのか」2016/06/18 06:14

 書こう書こうと思っていて、なかなか書けなかった。 5月9日に仲間内の 情報交流会に、拓殖大学の学事顧問・前総長の渡辺利夫さんをお招きして、「歴 史認識問題―何が「問題」なのか」というお話を聴いた。 渡辺利夫さんは慶 應経済学部の一年先輩で経済学博士、筑波大学教授、東京工業大学教授を経て、 拓殖大学総長をなさった、開発経済学、アジア研究の碩学である。

 講演の骨子は、こうである。 いわゆる歴史認識問題、韓国や中国、さらに はアメリカや欧州で、日本は歴史問題を解決していない、戦争の歴史を清算し ていないという主張があるけれど、それは1970年代には、もう過去の問題と なっていて、外交問題にはならなかった。 いったんは過去となったこの問題 を1980年代に復活した発端は、すべて日本人の手による、日本発のものであ った。 具体的には、(1)歴史教科書問題、(2)首相の靖国神社参拝問題、(3) 従軍慰安婦問題。 どれも1980年代以降に問題化したが、日本の中から生ま れたメイド・イン・ジャパンの問題、日日問題なのだ。 中国や韓国にとって は有難いテーマなので、そのカードを使うことになる。 何という日本の失策 か。 左翼リベラリズムの人々には、この問題を再生産するメカニズムがある と、渡辺利夫さんは主張するのだ。

 1982(昭和57)年、歴史教科書の検定問題が起こった。 ここで渡辺利夫 さんの講演から一旦離れるが、その年の9月25日に私は「等々力短信」第264 号に、「それは誤報で始まった」を書いていた。 まず、それを全文、引用する。

  それは誤報で始まった 等々力短信 第264号 昭和57年9月25日

 この夏、日本を吹き荒れた中国と韓国による教科書検定批判の嵐は、「政治決 着」という何か訳のわからない結末で一応決着した。この問題の発端は、6月 26日の新聞、放送各社が、その前日の25日に終わった来年春から使用される 高校社会科教科書についての検定作業で、文部省が「侵略」を「進出」に書き 改めさせたと、一斉に報じたことにあったのは、ご承知の通りである。

 ところが、最近になって驚くべき事実が明らかになってきた。私は9月16 日放送のNHKラジオ「時の話題」で、江藤淳さんの「教科書問題の周辺」を 聞いて、初めてその事実を知った。問題の昭和56年度検定済み教科書では、「侵 略」を「進出」に書き改めさせた事実は一切なかった、というのである。初め の報道は誤報だった。誤報が、世界をかけめぐり、中国と韓国からの抗議を呼 び、内閣の屋台骨をゆさぶるほどの、深刻な外交問題にまで発展したのだ。

 ただ一紙だけ「読者に深くおわびします」と、9月7日のサンケイ新聞が誤 報の事情を説明した。文部省記者会に持ち込まれた見本本を各社で分担して読 み、レポートを作った。ある社の記者が間違えて書いたレポートを「うのみ」 にして、裏付け調査もせずに、各社が一斉報道をしたというのである。

 注目すべきことに、7月26日の中国の抗議は、「最近の日本の報道によれば」 となっている。その直後の7月30日、小川文相は参議院文教委員会で、「今回 の検定で「侵略」を「進出」にした例は見当らない」と答弁しているが、なぜ かこれは大きく報道されていない。政府がこの事実を積極的に説明しようとし なかったのも不思議だ。

 まだ、国民の大部分も、諸外国でも、「侵略」を「進出」に書き改めさせた、 と思い込んでいる。新聞は訂正がきかないのだ。今回の教訓、(1)間違えたら、 速やかに謝まり、初めの数倍の力をかけて正すこと。(2)新聞は、マユにつば をつけ、マナコを見開いて、読まなければならない。