林家たけ平の「袈裟御前」2016/08/11 06:22

 たけ平は林家こぶ平(現正蔵)の弟子、緑の袴で羽織なし、真打になりまし た、と拍手をもらう。 さっき着物を着てロビーで人を待っていたら、おばさ んが話しかけてきた。 私は落語家を沢山知っているのよ、あなた着物を着て 落語を聞きに来たのね、って。 この中に、その方がいる。 電車で、隣のお ばさんが話しかけてきて、私、結婚したのよ、70歳で初婚、びっくりでしょ、 旦那は50歳なの。 どういうご商売の方で? 骨董屋。 ストッキング、皺 よっていますよ、って教えた。 素足です。 足立区に住んでる。 足立区の 方はいませんね? 先生もいい加減だった。 小学校、勉強しないで、落書き をした。 誰がやったんだと先生、今言えば怒らないから、みんな目をつむれ、 自分で手を上げろ。 手を上げた。 草野、あとで職員室へ来い。 歴史の勉 強をやっとけばよかった。 講談はいい。 落語と違って、講談は教えてくれ ない、自分で考えろと言われる。 「時は元亀3年壬申(みずのえさる)6月 14日」。 違う。 「時は元亀3年壬申6月14日」。 違う。 (何度か調子 を変えても)違う。 どこが? 15日です。

 歴史にもいろいろある。 驕る平家は久しからず。 鎌倉幕府は、1185年3 月24日、給料日前。 笑う所を探す。 最近、いろいろな説があって1192年 「いいくに作ろう鎌倉幕府」とは言えなくなった。 何て言うか、アラウンド 鎌倉幕府。 携帯で、電話番号も覚えなくなっちゃった。 以前は、いくつか 覚えていた。 アデランスがニクイ・クログロとか。 東京の電話に3が付い て、ミニクイ・クログロになった。 源義朝が殺されて、頼朝が伊豆に流され た。 伊豆の関係者はいませんね? 人の住む所じゃなかった。 Yes, it is. ずっとこんな調子ですから、我慢して聞いて下さい。 伊豆で20年間ヒマだ ったが、そこへ文覚(もんがく)上人がやって来て、挙兵を促し、鎌倉へ出る。  当時は坊さんが政治に介入した、今の坊さんは優しい。 写真を撮ってくれる、 「はい、ボウズ!」 歌丸師匠がお孫さんを連れて、お通夜に行った。 お孫 さんが駆けずり回って、木魚の上に上がって、踊り出した。 「こら、坊主!  静かにしろ!」 坊さんが驚いた。

 文覚は那智の滝で修行をした。 前座の修業は厳しい。 煙草を喫うな。 喫 っているのが、バレた。 反省しています、と頭を下げたら、胸のポケットか らセブンスターが飛び出た。 那智の滝で修行。 日本の夏は、気が抜けない。  キンチョウの夏。 あと8分ですから。 北面の武士、遠藤盛遠が坊さんにな ったのは、コレ(小指)でしくじった。 袈裟御前に惚れた。 ここからが噺 のスタート。 美人には、秋田美人、艶肌美人、見返り美人、鼓(つづみ)美 人。 鼓美人っていうのは、後ろから見るとすごくきれいで、声をかける。 「ヨ ォーーッ!」、前へ回ると、「ポン」。 点数をつける。 浅草演芸ホールで木久 扇師が話してた。 銀座通りで、いい女に10点とかやっていると、振り返っ て、2点て。 人妻はまずいだろう。 当時でも、まずい。 ♪愛しても、愛 しても、あぁ他人の妻…。 大川栄策、さざんかの宿、今日は、高齢者が多い から、わかる。

 袈裟御前は渡辺渡(わたる)の妻だった。 遠藤盛遠は、袈裟御前に恋い焦 がれて、どうしても自分の女にしたかった。 袈裟御前に思いのたけを述べて、 もし承知をしなければ、おっ母さんを殺すと迫る。 袈裟御前は、それでは渡 辺渡を殺して下さい、八つの鐘を合図にと、手紙を書いた。 そして亭主の寝 所に、自分が寝る。 八つの鐘が、ボーーン。 盛遠が忍んで行くと、泉にぶ つかった。 ♪盛遠、泉に囲まれて…。 手紙には、♪渡のお部屋の前で、泣 かないで下さい…。 愛しい、恋しい、袈裟御前。

 踏み込んだ盛遠が斬ったのは、袈裟御前の首だった。 盛遠は31日間の断 食をした。 さぞ腹が空いただろうに、32日目も食べられない。 今朝のご膳 がたっておりました。