権太楼の「心眼」2016/08/12 06:30

 気取って湯呑茶碗を置いたが、10日前から風邪を引いて、みんなの眼を誤魔 化そうという料簡で。 そういう間(ま)の落語家では、私はありません。 円 生師匠などは、形になる(と、声色で)。 どこかで飲むかもしれませんが、気 にしないように、よろしくお願いします。(噺の途中で時々咳込んでやりにくそ うだつた。)

 今日は、教えてもらった通りにやる(放送禁止用語も、そのままやるという 宣言だったのだろう)。 梅喜さん、早かったね。 どうだったい、横浜は? と お竹。 早く、帰って来た。 家にいて、ぼちぼち稼いでいたほうがいいんだ よ。 どうした? 梅喜さん、身体の具合でも悪いのかい。 ちょっと疲れたん だ、横浜から知らない道を聞きながら、ずっと歩いて、帰って来たんだ。 違 うよ、横浜で何かあったね。 死にてえよ、俺は何でこんな体になっちゃった か。 この不景気に、「どめくら」食いつぶしに来やがってって、金公が言った んだ。 茅場町のお薬師様に、一生懸命信心して、片目でも明けてもらって、 金公を見返してやろうと思ってな。 金公は、俺が育てたんだ、その兄貴に向 って「どめくら」なんて、人間じゃない。 そら、金さんが悪いね、私も一緒 に信心しようじゃないか。 今日は休もう、寝よう。

 三七、二十一日、満願の当日。 お薬師様、梅喜でございます、お賽銭です、 よろしくお願いいたします。 目を明けて下さい。 エイッ! 梅喜でござん すよ、ずいぶんお賽銭を上げていますが、よろしくお願いします。 エイッ!  駄目ですか。 わかりました、殺して下さい、生きていてもしようがない(と、 泣く)。 そこにいるのは梅喜さんじゃないか、目が明いたね。 オッ、明きま した、けど、どちらさんで? 肩、揉まして下さい…、上総屋の旦那だ。 恐 ろしいね、人間の一念というものは。 お竹さんも、水断ちをして、祈ってい るそうだね。 よかったね。 旦那、これからどちらへ。 八丁堀へ。 一緒 に連れてって下さい、目が明いたんで、どこがどこだか、わからなくなった。

 じゃあ、行くか。 杖は無駄だと、腋の下に挟む。 この大きな提灯は何で すか? 納め提灯だ。 今、目の前をパッと飛んで行ったのは、何ですか? 車、 人力だ。 子供の頃はなかった。 そうか、お竹がいつも人力車に気を付けろ って言っていた。 旦那、人力に乗ってた女の人、きれいな人でしたね。 目 が早いね。 東京の芸者でも五本の指に入ろう。 つかぬことをお聞きします が、今の芸者と、女房のお竹と、どちらがいい女ですか? お竹さんは、東京 でも五本の指に入るまずい顔だ。 人三化七というが、人無化十、でも気立て は日本で何本の指に入る。 人は眉目より心だ、お竹さん、寝るめも寝ずに賃 仕事をして、お前さんを助けている。 じゃあ、あそこの女乞食と、お竹と、 どちらがいい女ですか?  女乞食の方が、数段上だ。 よく似た者夫婦とい うが、お前さんのところは違うな、お前ぐらいいい男はいない。 こないだ芸 者三人と昼飯を食ったんだが、山の小春、春木屋の小春を知ってるだろ。 あ の小春がね、一番いい男は、家に来る按摩の梅喜さん、ああいう人と苦労がし てみたい、と言っていたぞ。

 浅草だよ。 ああ、これが仲見世で。 お堂の上で、お参りさせて下さい。  お賽銭を上げて。 あれは、何ですか。 姿見だよ。 あれ、私、いい男だ、 旦那はひどい顔で。

 そこにいるのは、梅喜さんでしょ、私、山の小春。 目が明いたんですって ね、よかったね、ちょいとご馳走したいんだけど。 富士下の釣堀、待合、連 れ込み。 まぐろのお刺身は、どう? どっかで見た色だ、そう、奉納提灯の 色だ。 味噌吸い物ですか、お魚が入っている。 すると、お竹が座敷に上が ってきた。 (梅喜の胸倉をつかむと、首を絞める)放せ、放せ!

 梅喜さん、梅喜さん! お竹、お前、俺の首を絞めなかったか。 怖い夢で も見ていたみたい。 夢か。 ご飯の支度が出来たよ。 信心しよう、目を治 そう。 信心よした。 二人で治そうよ。 俺、このままでいい。 このまま がいい。 めくらは妙なもんだな、寝ている時は、よく見える。