扇遊の「怪談牡丹灯籠より お札はがし」前半2016/08/14 07:13

 根津の清水谷に、萩原新三郎という色白のいい男が住んでいた。 めったに 外に出ない。 父の新左衛門が浪人ながら商才に長け蓄財があったので、なに 不自由なく暮らしていた。 山本志丈という医者、お幇間(たいこ)医者がや って来て、亀戸の臥竜梅の梅見に誘う。 寒い時季に風雅なものだ。 寄りた い所があると、柳島の寮に行く。 旗本の飯島平左衛門の寮で、奥方が一人娘 のお露を産んだあと他界、女中のお国を妾にしたが、お露とお国の折り合いが よくないので、お露にお米という女中がつけて、この寮に住まわせている。 お 露は、夜中のはばかり、目の覚めるような美しさだ。 お露さんに、新三郎は 一目惚れをした。 お近い内に、またいらして下さい、と言われたので、来る 日も来る日も、お露さんのことばかり、考えている。 しかし内気だから、山 本志丈が来たら、また柳島へ連れて行ってもらおうと、考えているうちに、四 月、五月、六月と過ぎて、気鬱の病になる。

 ようやく山本志丈が顔を出して、実は、柳島のお嬢様が亡くなったそうだよ、 と話す。 お嬢様も、新三郎に一目惚れして、食べるものものどを通らなくな り、恋焦がれ死にをした。 女中のお米も看病疲れで、あとを追った。 お前 さんも、気を付けて。

 七月、お盆の入りの十三日。 新三郎は蚊帳を吊って寝ようとしたが、なか なか寝付かれない。 縁側に出て月を見ていると、ボォーーンと鐘の音。 カ ラーーン、コロン、カラーーン、コロン。 見ると、女が二人、駒下駄の音だ。  こんな夜更けに何だろう、先には三十前後の、品のあるいい女が、縮緬細工の 牡丹のついた灯籠で足元を照らし、後には十七、八の文金高島田の娘が、振袖 に、緋縮緬の長襦袢をちらつかせている。 きれいな方だな。 あなた様は萩 原様ではございませんか。 お米さんでは…、亡くなったと山本先生に伺いま したが。 私が…? あなたがたが…。 牛込にいるお国という女中の入れ知 恵に違いない。 切り戸を開けて、中に入れる。 お茶とお菓子を出す。 柳 島の寮を出て、谷中の三崎(さんさき)村のしるべを頼って暮している。 萩 原様のお情けを受けたい、ここで一晩泊めて頂いてもよろしいでしょうか。 お 露と新三郎、一晩、うれしい仲になる。 そして、夜の明けぬうちに、牡丹の 灯籠を下げて帰って行った。

 そうしたことが毎晩、十九日まで続く。 手相見で叔父の白勇堂勇斎が外を 通る。 いい女だな、でも何か様子がおかしい。 青白く、痩せ細っていて、腰 から下がない。 もう一人の女が、柱に寄りかかっているが、透けて見える。  この世のものではないな。

 あくる朝、勇斎は新三郎に言う。 お前の顔には死相が表れている、五日と 経たない内に、取り殺されるぞ。 ゆんべの女は、何だ? 二人はこの世のも のではない、幽霊だ。 恐ろしいことになったな。 明の時代にそういうこと があったと、本で読んだことがある。