扇遊の「怪談牡丹灯籠より お札はがし」後半 ― 2016/08/15 07:16
萩原新三郎、谷中の三崎村へ行って、それらしい者を探したが、見つからな い。 新幡随院の寺を通ると、垣根が壊れていて、寺の裏に角塔婆が二本、そ の前に見覚えのある牡丹の灯籠が置いてある。 寺の者に聞くと、あれは牛込 の旗本のお嬢さんとお付きのお女中、二人並べて葬ったと言う。
白勇堂勇斎に話すと、新幡随院の和尚に手紙を書いてくれた。 良石(りょ うぜき)和尚、六十八歳、鼠の着物に、茶色の袈裟。 愛しい、恋しい幽霊と いうのは、厄介なことだ。 雨宝(うぼう)陀羅尼経を一心に誦(ず)すこと だ、死霊除けのこの金無垢の海音(かいおん)如来のお像をいつも身につけて、 死霊除けのお札を出入口という出入口に残らず貼るように。
日が暮れる。 東叡山寛永寺で打ちい出す鐘の音がボォーーーン、風の音が ボォーーッ、向ヶ丘の流れの音がチョロチョロチョロ、カラーーン、コロン、 カラーーン、コロン。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 お札に、たじたじと なって、あとずさりする。 萩原様には、お心変わり、お札を貼りました。 帰 りましょう、あのお札では中に入れません。 振袖を顔にあて、さめざめと泣 く。 ことによると、裏から入れるんじゃないかしら。 やっぱり入れません。
新三郎は、隣に伴蔵(ともぞう)とおみねの夫婦を住まわせ、店賃の代りに 身の回りの世話などさせていた。 おみねが縫物をしていると、伴蔵が絞りの 蚊帳、といっても穴をコヨリで結んだ蚊帳を出て、縁側で誰か女とこそこそ話 をしている。 明くる晩も。 三晩目、毎晩来る女は、どこの誰なんだい。 あ れは萩原の旦那の所に通って来るお嬢さんとお女中だよ。 お前が怖がると思 うから、言わねえんだ。 怖がらないで、聞けるか。 一昨日の晩だよ、縁側 から見ると、二人の女がお辞儀をしているじゃないか。 萩原様は不実な方で、 家へ入れないように締りをしている。 締りを開けて、入れて下さい、と言う んだ。 裏の窓のお札を剥がしてもらえばいい。 明日の昼間、剥がしておき ますって言ったが、忙しくて忘れちゃった。 ゆんべまた、二人の女が来た。 高けえ所に窓が一つある、あそこのお札を剥がしてくれ、と言うんだ。 人間 が入れる所じゃない、幽霊だよ。 色とか、恋とか、浮いた話じゃない。 そ れが、いい女なんだよ。 伴蔵さん、お札剥がさなきゃあ、また家へ来るんだ ろ。 明日、ここへ来たら、掛け合ってごらんよ、百両のお金を頂ければ、剥 がしましょうって。 幽霊には、お足がないだろう。 ことによると、あるか もしれない。 萩原様が取り殺されても、百両あれば夫婦で一生暮して行ける。 明日、お酒を余計に買って来るから。 一か八か、やってみるか。
伴蔵が、一升酒を飲んでいると、カラーーン、コロン。 伴蔵さん。 幽霊 さんにお願いがある。 百両のお金を頂ければ、お札を剥がしましょう。 百 匁の金子、なんとか才覚してみましょう。 明晩、萩原様が身につけている海 音如来のお像も、お取り捨て願いたい。
旦那が肌身離さず身につけているお像、行水に誘って、泥人形とすり替えて おこう。 新三郎は、湯潅と経帷子になろうとは知らずに、行水をして、浴衣 に着替える。 海音如来のお像、金無垢だ、つぶしても三百両にはなる。 こ れがあると幽霊も近寄れないから、箱に入れて、畑の隅に埋めよう。 目印に 竹を一本さす。
伴蔵さん、百匁の金子を持参致しました。 ずしりとした重さだ、お札を剥 がしましょう。 裏の高窓に梯子をかけて、お札を剥がすと、伴蔵はお札を持 って、梯子と一緒にバターーンと、倒れた。 二人の女は、ニタッと笑い、高 窓からスーーーッと、新三郎の家の中に入って行った。
最近のコメント