本井英句集『開落去来』<等々力短信 第1088号 2016.10.25.>2016/10/25 06:14

 本井英さんは、俳誌『夏潮』の主宰で、私の俳句の先生である。 『開落去 来』(ふらんす堂)は第四句集、『夏潮』創刊の平成19年から26年までの句が 収められている。 「開落去来」とは、何か。 信奉する高浜虚子が唱えた「客 観写生」「花鳥諷詠」の立場から来ている。 「客観写生」という態度で周囲を 凝視する時、「造化の神」は初めてその霊妙な姿の一端、具体的には「花の開落、 鳥の去来」を見せてくれるというのだ。 「歳時記」に季題として登場する鳥 も獣も蟲も魚も、さらには花も木も草も、われわれ人間とまったく同格に生ま れ、生き、死んで行く。 小さな地球のその「仲間たち」を、よく見、聞き、 知り、「あはれ」と感じ、讃美することが、我々の彼らへの礼儀であり、仁義な のではあるまいか、というのが「花鳥諷詠」の根本的な立場だとする。

具体的に、吟行での作句のコツは、時間をかけて、じっと見ることだと教わ った。 たっぷり二時間ほどあると、現実から浮遊することが出来る。 自分 の名前も、借金のことも、忘れる。 季題にぶつかったら、十五分は動かない で、じっと季題を見続ける。

按ずるに「みや」と啼くゆゑ都鳥/とつとつとつとつとつとつとつ狐去る/ と聞けば塩辛蜻蛉男前/桜鯛ぞ綸(イト)を真下に締め込むは/申し訳ないがグ ラジオラス嫌ひ/梅ヶ枝をくぐるとき土やはらかき/大根は爆ぜるがごとく葉 をはなち

本井英先生の俳句の、そこはかとなきユーモアや俳味も、私は好きだ。

老犬のめでたく糞(マ)りてお元日/年上と思へてならぬ鴛鴦の妻/姐御然腰 元然や針供養/蟻の道仲良しなどはをらぬらし/蜘蛛が殺(ヤ)るときは必ず羽 交締め/小判草の御用提灯ひた押しに/蝸牛なりには右顧も左眄もす/女湯へ 目をやらぬやう山女釣る

誰もが経験していることだけれど、こう詠むと俳句になるのかと、感心する 句がある。 お人柄や、人情もあふれ出る。 ヘッ! オッ! と思う措辞も、 使われている。

セーターの真つ赤より真つ白が派手/里山のおしるこ色に芽吹くかな/媼ふ たり髪の花屑つまみあひ/天牛の髭をなぶれば嫌がるよ/初島はぺたりと低し 夏霞/ポストからとりだすときに薔薇が邪魔/風鈴も元気をとりもどす時刻/ 虫売にホステス風のしやがみこみ/どの枇杷も色得ることを冀(コイネガ)ふ/ 鶺鴒のひんひんひんと来て石に/袖口にのぞくラクダや里神楽/湯の柚子が鎖 骨あたりをうろうろす

ご家族を詠んだかと思われる、こんな句もある。 短篇小説でも書けそうだ。

金雀枝(エニシダ)や父とぎくしゃくしてゐし頃/葉桜の墓石に祖父の立志伝 /骸とはとことん冷た夏の朝/冷蔵庫置けば愛の巣らしくなる/うな重を妻に 奢りて落着す

 全く上達しない私だが、この師についてゆこうという決意を新たにした。

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