五街道雲助の「品川心中(通し)」(上)2016/11/29 06:32

 近頃は遊ぶ場所がいろいろありますが、昔は遊びといえば女郎買いと決まっ ていましたようで、吉原、遊女三千人御免の場所。 ほかに四宿という、品川、 新宿、千住、板橋があって、中でも品川が、吉原の向こうを張っていた。

 白木屋の「板頭」(吉原で御職)だったお染、齢には敵わない、紫の手絡(て がら・丸髷の根元に掛ける布)が似合うようになって、薹が立つ、皺が寄る、 くしゃみをすると洟が垂れる、だんだん看板が下がるようになった。 お茶っ 引きを、若い妓にからかわれる。 辛い日、「紋日」(もんび)というのがあっ て、夏冬の「移り替え」には浴衣や手拭を配り、お披露目をする。 あっちこ っちに手紙を書いて無心する、<巻紙の痩せる苦界の紋日前>。 袷(あわせ) に「移り替え」が出来ず、単(ひとえ)のままなのを、抜かれた妓に馬鹿にさ れ、死んじゃおうかと、心中の道連れを探す。 ハゲチャビンの年寄はいや、 噺家は嘘ばかりついてるし…。 いたいた、どうでもいいのが…、中橋(今の 八重洲)から来る、貸本屋の金蔵、身より頼りはないというし。 相談がある と、手紙をやると、俺はあの女の間夫だから、とやって来る。

 お染、金蔵の顔を見て、相談はダメだと思った。 お金が要るんだ、三十両。  そりゃあ、大変だ。 俺も一緒に死のう。 じゃあ、今晩。 今晩は早や過ぎ る、俺だって用はある。 明日の晩やって来るから、あの世で一緒になろう。  お染、その晩は金さん一点張り、もう離さないからねと、こってりともてなし た。 この女のためならばと、金蔵は魂の抜け殻みたいになった。

 翌日、金蔵は所帯道具をばったに売って、柳原の土手で白の死に装束二枚、 女のは上下、自分のは金が足りなくて上だけと、匕首(あいくち)を買った。  親分のところへ行く。 金蔵か。 へい、台所にあるのは雑巾で。 暇乞いに 来ました。 どっちの方へ行くんだ。 西の方。 いつ頃、帰る。 来年のお 盆の十三日。 変なことばかり言いやがって、てめえ、品川のお染とかいう女 に首ったけだっていうじゃねえか、悪いようにはしないから、ウチにいろ。      さよなら(と逃げ出す)。 いけねえ、親分の所に、匕首を忘れて来た。

 今日は、派手にやろう。 いつもはエンドウ豆だけだけれど、台の物を取ろ う。 金蔵、飲んで食って、すっかり出来上がっちゃった。 金ちゃん、寝と いで。 お染、夜が更けるまで、自分は回しを取りに行く。

 鼻から提灯出して、よだれ垂らして、寝てるよ。 ちょいと、金ちゃん。 も う、飲めねえ。 私と死ぬ約束だろ。 ちょいと日延べしよう。 江戸っ子だ ろ。 包みを開けろ。 白無垢を用意してくれたんだ。 匕首は…、親分の所 に忘れてきた。 そんなことだろうと剃刀二挺、合わせておいてもらった、こ れでお互いのノドを切ればいい。 そらあお前、乱暴だ、ノドは急所だ、医者 も縫えないって言ってた。 乙に死のうじゃないか、木綿針二十本ほどもらっ て来い。 どうすんの。 鼻の下を突っつくんだ。 霜焼の話じゃないよ。 じ ゃ、裏の海へ出よう。

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