五街道雲助の「品川心中(通し)」(中) ― 2016/11/30 06:24
お染は無理に金蔵の手を引っ張って、柵矢来の錠をはずして、桟橋へ出る。 真っ暗闇、沖には海老を取る漁火。 桟橋は長い。 命は短い。 水に入るの か、俺、風邪引いてんだ。 死ぬんだよ。
お染さん、えーーッ、お染さん! お染は金蔵の背中をドーーンと突いた。 ちょいと待ちな、金は出来たんだ。 芝の旦那が三十両持って来た、二階で待 ってる。 もう、一人飛び込んじゃった。 誰? 貸本屋の金蔵。 馬鹿金か、 馬鹿金ならいいじゃないか、黙ってりゃあ、わかりゃあしないよ。 金ちゃん、 いきなり飛び込んじゃうんだもの、身上(しんしょう)軽けりゃあ、身も軽い、 ずいぶん厄介になりました、じゃあ失礼。 こんな失礼なことはない。
品川は遠浅で、金蔵が立ったら、鼻の穴からダボハゼが飛び出した、お台場 の石垣みたい。 海の中を歩いて、高輪から上ると、当時は野良犬が多かった。 ウーッ、ウーッ、ワンワンワンワン、ここは俺たちの縄張りだ、ウーッ、ワン ワン、犬の町内送りになって、親分の家まで。
親分の家、いいことはしていない。 丁、丁、丁と来て、次は半だろう。 表 の戸をドンドンドン。 手が入ったぞ。 明かりを消しちまって、ゼニを隠せ。 大家さんでござんしょう、明かりをつけます。 火打石を寄越せ、鰹節じゃね えか。 今、開けます。
おーーい、変な野郎が来やがった。 親分、金蔵でございます。 足、見せ ろ。 みんな、あれだけいたのに、どこに隠れちゃったんだ。 梁にぶら下っ てる奴、てめえだな、さっき俺の背中を駆け上がったのは…。 やわらけえ、 踏み台だと思った。 へっついに頭、突っ込んで、抜けなくなっちゃった。 巾 着頭、上が開いてる。 引っ張って出してやれ、そいつの頭、壊してもいいけ ど、へっついは壊すな。 カッ、カッ。 賽(サイ)を呑み込んだのか、ノド に引っかかってんのか。 背中を叩け。 カッ、カッ。 出た、やっぱり半だ よ。 台所で唸ってるのは誰だ、源の字か。 俺は、もう駄目だ。 揚げ蓋、 踏み外して、糠味噌桶に落ち、金をぶつけて、片方落しちゃった。 しようが ねえ奴だな、誰か、医者とかみさんを呼んで来てやれ。 落っことしたのを、 あっしは持っている、形見にお袋に渡してくれ。 気丈な奴だな、見せてみろ。 何だ、茄子の古漬じゃねえか。 与太郎がハバカリの肥溜に落っこった。 さ ぁ、大変だ。 待ちねえ、今上げてやるから。 親分、もう上がってきちゃっ たよ。
小人閑居日記 2016年11月 INDEX ― 2016/11/30 08:13
7208 漱石と諭吉<小人閑居日記 2016.11.2.>
7209 松山と子規・漱石<小人閑居日記 2016.11.3.>
7210 入船亭小辰の「のめる」<小人閑居日記 2016.11.4.>
7211 三笑亭夢丸の「附子(ぶす)」<小人閑居日記 2016.11.5.>
7212 橘家圓太郎の「おかめ団子」前半<小人閑居日記 2016.11.6.>
7213 橘家圓太郎の「おかめ団子」後半<小人閑居日記 2016.11.7.>
7214 三遊亭兼好の「風呂敷」<小人閑居日記 2016.11.8.>
7215 小三治「お化け長屋」のマクラ「落語家」と怪談噺<小人閑居日記 2016.11.9.>
7216 小三治「お化け長屋」の本篇<小人閑居日記 2016.11.10.>
7217 <八月や六日九日十五日>という句<小人閑居日記 2016.11.11.>
7218 「神在月」の出雲(その1)<小人閑居日記 2016.11.12.>
7219 「神在月」の出雲(その2)<小人閑居日記 2016.11.13.>
7220 「神在月」の出雲(その3)<小人閑居日記 2016.11.14.>
7221 「神在月」の出雲(その4)<小人閑居日記 2016.11.15.>
7223 「神無月」と「時雨」の句会<小人閑居日記 2016.11.16.>
7224 「歌川国芳 スカイツリー画像」考<小人閑居日記 2016.11.17.>
7225 是枝裕和監督の『映画を撮りながら考えたこと』<小人閑居日記 2016.11.18.>
7226 毒舌先生の俳句添削<小人閑居日記 2016.11.19.>
7227 「川柳VS俳句」<小人閑居日記 2016.11.20.>
7228 川柳、笙の笛「味噌汁は熱いか二十一世紀」<小人閑居日記 2016.11.21.>
7229 「川柳つくり方教室」で実作<小人閑居日記 2016.11.22.>
7230 伊那路の漂泊俳人・井月(せいげつ)<小人閑居日記 2016.11.23.>
7231 『超辛口先生の“赤ペン”俳句教室』<小人閑居日記 2016.11.24.>
7232 新宿御苑のラクウショウ(落羽松)<小人閑居日記 2016.11.25.>
短信 7233 『バルトン先生、明治の日本を駆ける!』<等々力短信 第1089号 2016.11.25.>
7234 春風亭朝也の「まぬけの釣」<小人閑居日記 2016.11.26.>
7235 古今亭菊之丞「法事の茶」のまくら<小人閑居日記 2016.11.27.>
7236 古今亭菊之丞「法事の茶」の本篇<小人閑居日記 2016.11.28.>
7237 五街道雲助の「品川心中(通し)」(上)<小人閑居日記 2016.11.29.>
7238 五街道雲助の「品川心中(通し)」(中)<小人閑居日記 2016.11.30.>
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