林家正蔵の「鰍沢」後半2017/01/03 07:31

 亭主の芳三郎が、入れ替わりに入って来る。 酷い降りになりやがった、お 熊! 今、帰ったぞ。 いねえのか、おーー寒い、何だこりゃあ、玉子酒か、 いい気なもんだなあ、亭主が雪の中を商いに出ているのに、女房は玉子酒か。  何でえ、こりゃあ、ひでえ味がするな、冷えたら飲めるもんじゃないが、まあ いいか、バカに澱(よど)んでんな。 何だ、見かけねえ合羽だな。

 お前さん、開けておくれよ、ヨー、ヨー、ヨー。 ウッ、おっかあ、お熊、 ワーーッ。 どうしたい、お前さん。 腹が痛い、体中しびれてるんだ。 今、 ここにある玉子酒を飲んだら。 お前さん、これ飲んだのかい、迷った旅人が 入って来た、胴巻から金を出したら、二百両はある勘定だ。 二百両あれば、 上方へ逃げて、店だって出せる、玉子酒に痺れ薬を入れたんだ。

 この騒ぎに、隣で聞いていた新助、思い当たったのが、身延で頂いた毒消し の護符だ、雨戸に寄りかかったら倒れて、雪の中に飛び出した、雪を口の中に 入れる。 道中差しと振り分けの荷物を取りに戻った。

 駆けずるように逃げ出す、下弦の月が一面の銀世界を照らしている。 気づ いたお熊が鉄砲を持って、追いかけて来る。 前は崖、釜ヶ淵だ。 お熊が、 引き金に手をかける。 後ろは鉄砲、前は崖だ。 妙法蓮華経、南無妙法蓮華 経、雪なだれとともに、山筏の上に落ちたら、道中差しが鞘ばしり、つないで あった蔓を切った。 筏を結んでいる縄が、ブツ、ブツ、ブツと切れ、筏がバ ラバラになった、材木の一つにしがみつく。 流れの緩やかな所に来た。 上 の方では、お熊が立膝をして鉄砲を構えている。 目と目が合った。 バーー ン! カチッ、弾は後ろの岩角に当った。 有難い、御祖師様のご利益、お材 木(お題目)で助かった。