入船亭扇辰の「雪とん」後半2017/02/05 07:10

 若旦那、本町二丁目の角で、ワンワンワン! 足でも踏んだか、犬の、何だ 喜んでいるのか、色男様の匂いがするか、白か、よしよし。  その後ろを、二人連れの男。 なか(吉原)で、つまらねえ遊びでもするか ら、お袋によろしく言ってくれ。 25、6のいい男、白張りの傘を差し、下駄 の歯の間に挟まった雪を落そうと、黒板塀に下駄をトントン。 お待ちしてお りました。 お傘はこちらへ、お嬢様がお待ちで。 糸屋の裏木戸だな、俺は、 間違えられたのか、このまま中に入ってやろう。

 お嬢様、大変です、キリッとした江戸前の、役者にしたいような、いい男で。  お酒は? たんとは駄目ですが、一つや二つは。 お嬢さん、炬燵で絵双紙な んか見ている。 そこへ男が、いい形でガラッ、ガラッと、入って来る。 お 嬢さん、ブル、ブルッと震えて、顔を炬燵に突っ伏す。

 お酌をして差し上げなさい。 あなたも一つ、どうです。 やったり、とっ たり。 清や、雪の中をお帰りになるのは大変ですから、お泊りになっていた だいたら。 どうぞ、こちらへ。

 奥の四畳半、寝間着に、友禅の掻巻を上からかけ、目をつぶってウトウトし ている。 冷たい風が頬を撫でて、緋縮緬の長襦袢に、朱鷺色の縮緬の伊達巻 をしたお嬢さんが…。 どうぞ、ごゆっくりお休み下さいませ。 男は、親指 と人差し指で、長襦袢の裾を、ツッと引いた。 アーレーーッ。 たやすいこ となんですよ。 こういうことなんですな。 羽交い絞めにしたら、嫌がるで しょう、大声を出して抵抗(と、やって見せ)、大騒ぎになる。 それが、親指 と人差し指だけで…。 行灯の灯が消えて…。

 可哀そうなのは、田舎の若旦那。 切戸をトントン。 ここも違うか、トン トン。 一晩中、叩いて歩いて、雪だるまのようになった。 すると、黒板塀 がスーーッと開いて、またですよ、お待ちしておりますよ。 先に入った奴が いたんだ、ここが糸屋だったんだ、おら、糸っ屑だ。

 小網町の船宿の前を、鳶頭(かしら)が通る。 昨夜は? 夜っぴて、建前 で。 おかみさん。 若旦那、昨夜はお楽しみでしたか。 お苦しみだ。 お 洟が垂れてます、眉が凍って氷柱が…。 先に入った人がいて、鳶頭、あの若 僧だ。 石町(こくちょう)の仕事師で、いい男、お祭佐七という伊達男です。  お祭佐七か、道理で、おらはダシにされた。