柳亭市馬の「三軒長屋」前半2017/02/07 06:28

 毎度、落語には長屋が出てまいりまして、三軒長屋に、勇みの鳶頭(かしら)、 お妾さん、剣術の先生が住んでいる。 真ん中に住んでいるのは厄介で、鳶頭 の所では木遣りの稽古や、酒が入ると喧嘩、お妾さんの所に旦那が来れば、三 味線を出して一中節でも歌おうかというのに、剣術の先生の所では、お面!お 胴!と激しい稽古、終われば詩吟を吟ずる(市馬得意のノドで)「♪高い山から 低い山見れば低い山のほうが どうしても低い」。

 辰、しばらく鼻ッ柱見せなかったじゃないか、どうしたい、顔出しなよ。 鳶 頭は? 三丁目で出役だよ。 おかみさん、二階を借りたい。 何だね。 喧 嘩の仲直り、あっしが仲人(ちゅうにん)で。 お前さんが仲人かい、それで 陽気がおかしいんだね。 六と、赤ら顔で小太りの、朔んべが喧嘩した。 六 が湯う屋で常磐津を唸っているところに、朔んべが入ってきて、湯の中で一発 やった。 それが六の鼻の頭で弾けて、まともに嗅いだ。 六が文句を言うと、 朔んべが嗅ぐんなら、断われって言ったんだ。 あっしが仲に入ったんだが、 止まるもんじゃない、抜き身同士の喧嘩になった。 陰でくすぶっていたんだ。  手打ちをしようってんだが、祭に金かけたんで、ゼニがない、場所がない。

 貸してやりたいんだが、隣に柔らかい者が、越して来た。 柔らかい者? 伊 勢勘の囲い者だよ。 伊勢勘なら、婚礼を挙げたばかりじゃないか。 親父の 方だよ。 ヤカンの隠居が、あの歳でか、どんな女です。 私もあんないい女、 見たことないよ、険はないし、声がいい、聞き惚れる、何を着てもいいんだよ。  あのヤカンが? 金の力だよ。 家で喧嘩なんかあると、そのお妾がギャアギ ャアうるさい、伊勢勘に吠えつく、気のぼせがするとか、血のぼせがするとか。  貸すわけにはいかないよ、私が酒を買うから、どっかでやっとくれ。 あっし は、酒を飲まない、酒は断った。 いつ断った? だいぶ前、十二、三日前に。  四日前だったかね、辰、いいご機嫌でねえ、声をかけたら、「何だ、このアマー ーッ」って。 あれはダチ公が悪い、叶屋さんの建前で、酒を断っているって 言ったら、じゃあ座って飲めって、みんなで無理やり飲ませたんだ。

 手打ちは、いつだい? 今日、みんな、表で待ってる。 仕方がないねえ。  姐さん、こんちは。 よく来たね。 姐さん、どうも。 はい、上がんな。 お い与太、二階上がって、どうしようってんだ。 十年早い、お燗番だ、下にい ろ。 私は買物に行く、帰りに湯へ、おまきはいないよ、当てにしないで。 行 ってらっしゃい。

 連中、隣のお妾さんを見たくて、与太に「政五郎の家はどこでしょう」と、 聞きにやる。 与太は「隣の政五郎の家はどこでしょう」とやる。 二階から 覗いていると、お妾さん家の格子がガラガラと開いて、女中が出て来た。 人 三化七というけれど、あれは人なし化十だね、真ん丸な顔に、団子っ鼻、頭の 毛はすすきみたい、お月見女だな。 ほっぺたは赤くて、柿みたいだ。 今、 帰ったよ、お清は何を泣いているんだ。 旦那、隣の鳶頭の所の若い人に、こ れこれと、からかわれたんですよ。 うまいことを言うな。 旦那のことは、 ヤカンが空を飛ぶって。 うまいことを言う、こっちの耳から入れて、こっち の耳へ出せばいいんだ。 もう我慢できません、静かな所へ越して頂きたい。  この長屋三軒は、みんな家の「家質(かじち)」に入っている、もうしばらくす れば「抵当流れ」で、私の物になる。 一軒は物置、一軒は庭にして、面白お かしく暮らせるようになるんだ。