藤沢周平直木賞『暗殺の年輪』(中)2017/02/18 06:37

 馨之介は二十年前の事件と、父源太夫の関わりを調べ始める。 母波留の長 兄で勘定方に勤める檜垣庄右衛門は、余計な詮索をするな、事件のあと、葛西 の家は百七十石を五十石減らされただけで済んだ、その風説のようなことなら、 家はお取り潰し、お前や波留の命もどうなったか解らん、と激怒した。

 馨之介が十歳ぐらいの頃まで葛西の家の下僕をしていて、今は居酒屋を営む 徳兵衛と、熟れた躰つきが眩しい娘のお葉は「若旦那さま」と呼ぶ。 父親が 死んだ日のことを聞き、葛西の家名を救うために、母が嶺岡に俺の命乞いをし たという噂があったそうだな、とぶつけた。 ばかげた噂で、自分は嶺岡の屋 敷で中間をしていた弥五郎という男に聞いた。 たちのよくない男で、今は近 くで下男をしているが、酒好きでよく店に来るという。

 徳兵衛の店で弥五郎に会ってしばらく経った夜、馨之介は小刀を一本腰に差 しただけで、着流しの裾を端折り、手拭で頬被りをして、弥五郎を待伏せた。  今夜はほんとのことを喋ってもらうつもりだと、投げ飛ばし、逃げるのを踏み つけて、覚悟をさせた。 気が済むならと、弥五郎は話し出す。

 嶺岡兵庫が下城の途中襲われるという事件があった半月後の夜、城下から小 一里ほど北にある嶺岡の別墅に、町から一挺の駕籠がつき、武家の妻女風の若 い女が門の中に消えた。 その女は、次の日の夜、町から呼んだ駕籠で帰って 行った。 それを知っているのは、その時別墅にいた多田究一郎という家士と 弥五郎、それに女中二人だけだ。 徳兵衛は嶺岡の家に手紙を届けたり、結構 解っているはずだ。 「言ったって誰の得にもならねえことで、へい。言っち ゃ旦那が気の毒だから、黙って白を切るつもりだったんだ」 馨之介の中で、 何かが音を立てて切れた。 逃げる弥五郎を追い、追い越し際に、脇腹を切り 裂いた。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック