柳家小満んの「夢金」2017/03/03 06:36

 人間欲を捨てろというけれど、この世は欲の地獄。 赤ちゃんが、おっぱい を飲む、片手で乳を押えているのが、欲の始まり。 <欲深き人の心と降る雪 は、積もるにつれて道を失う>

 百両欲しい! 熊が寝言を言っている、婆さん、表はどうした。 閉めたよ。  おい、ここを開けろ。 臆病窓を開けて見る。 若いご婦人連れのお武家。 雪 は豊年の貢というが、こう降ってはな。 侍は三十二、三、一癖のありそうな、 衿垢で黒羽二重が垢羽二重の黒紋付、刀を落し差しにして、下駄履き。 娘は 品のいい美人で十七、八、文金高島田、友禅模様の着物に長羽織、ぽっくりを 履いている。 妹と猿若町で芝居見物の帰り、深川まで屋根船をやってもらい たい。 すっかり出払っておりまして。 何とかならぬか。 百両欲しい!  あれは船頭か。 船頭には違いないが、欲深い野郎で、寝言でもあんなことを 言っている、お得意以外出さないんで。 それは面白い、起してくれ。

 目を覚ませ、熊、仕事だ。 雪腹に疝気で、腰が突っ張って、駄目です。 そ こを枉(ま)げて行ってくれぬか、骨折り酒手は、多分に遣わす。 魚心あれ ば水心、行きます、行きます、酒手はあっしの合薬で。

 二竿、三竿、艪に替えて、大川に出る。 おお、寒い、雪で喜んでいるのは、 風流人と狆ころばかりだ。 枯れ枝に、花が咲いたようだぜ。

 覗いてやろう、女は寝てやらあ、野郎、穴のあくほど見てるぜ、妹じゃない な。 船をゆすってやろう、出すもの、出さないと。 疲れたろう、中に入っ て、一杯やれ。 楽しみにしていました。 一服やらんか。 酒手じゃないん で、あっしは山谷堀で欲の熊蔵と言われている。 金儲けの相談だ、艫へ出ろ。  拙者、娘が花川戸で持病の癪を起したのを、助けて連れて来た。 百両足らず 持っている、本所あたりの問屋の娘で、店の若い者とのいい仲になり家出した らしい。 謀(たばか)んで、連れ込んだ。 人殺しの手伝いいたせ、出来な ければ、その方から斬る。 手伝います、いくらくれます。 首尾よくいけば、 二両。 ただのリャンコかい、船をひっくり返すぞ。 拙者、水練の心得がな い、しからば半ば、山分けとしよう。

 両国の橋の先へ、中洲がある。 舟では証拠が残る、水葬礼といきましょう。  旦那、上がってくんねえ。 侍が上がると、竿をつく、川の真ん中へ出た。  謀ったな。 潮が満ちて、侍が、弔いにかわるんだよ。

 本所のこれこれというお宅へ、連れ戻した。 正直な船頭さん。 ごたつい ているが、一杯召し上がれ。 これは、ほんの酒手、店に届ける。 主が撥ね るから、わたしがもらいます。 身祝いの二百両、切餅切って、渡す。 二百 両! 二百両! 熊、静かにしないかい。 アーーッ、夢だった。