古今亭志ん輔の「火焔太鼓」(後半)2017/03/05 06:49

 道具屋か、通ってよい。 きれいな庭だな、手入れが行き届いている、大き な松だな(と、見上げて、カカアの怖い話を思い出す)。 逃げちゃおうかな、 逃げ足には自信がある。 儂(わし)だ、儂だ、上がれ。 いいです、ここで、 逃げやすいから。 上がれ、夫婦喧嘩でもしたか。 この太鼓か、時代がつい ておるな。 みんな時代みたいなもので、踏んだら危ない。 地雷か。 見せ に来ただけですから。 むさいもの、と聞いたら、パパーッと逃げちゃおう。

 殿には、お気に召して、お買い上げだ。 いくらだ? いくらかな。 いく ら? いくらぐらいでしょう。 殿には不忠に当たるが、手一杯に申せ。 十 万両。 エッ。 まけますよ、一晩中でもまけます。 三百金ではどうだ。 何?  小判で三百枚。 サーンービャークーリョーウーッ! ウリマーース。 受取を 出せ。 いりません。 こちらがいるんだ。 印形がない、爪印でよい。 そ んなに押してどうするんだ。 八十ぐらい。 真っ赤になったではないか。 こ れが五十両、これで百両だ。 飛んで行くな。 百五十両だ。 ワーッ、百五 十両、なくさないようにしないと。 五月蝿い男だな。 二百両。 泣かなく ともよい。 二百五十両だ。 すみません、水を一杯下さい。 やっかいな奴 だな、水を持って来てやれ。 これで三百両。 ありがとうございます、手前 どもでは、一度売ったものは、二度と引き取らないことになっておりまして。  ちょいと伺いますが、あんな汚い太鼓を、どうして三百両で。 拙者にもわか らんが、お上はお目が高い、火焔太鼓と申してな、世に二つとない名器だとい うことだ。 風呂敷を持っていけ。 あなたに上げます。

 道具屋が、地に足がつかないで、フワフワと飛んで参った。 商いはあった か、いくらで売れた? 大きなお世話だ。 カカアが何て言ったか、馬鹿だ、 半人前だ、一分で売っちゃえって言ったんだ。 腹いっぱい食わせて、くすぐ ってやろう。

 いま、帰えった。 一分って、言ったんだろうね。 一分、俺の商人魂が許 さない。 そんなものは、消せ。 先方は手一杯申せってんだ。 それでいく らって言ったんだい。 十万両。 ウフフン。 三百両で売れたんだよ。 わ かった、わかった、そんなこと言わなくても、ご飯は食べさせてあげるから。  あの太鼓、三百両で売ってきた。 ほんとかい、見せておくれ。 これが五十 両。 あーら、ちょいと。 これで百両だ。 古い物はいい。 百五十両だ。  お前さん、商売が上手だね。 二百両。 柱につかまれ。 二百五十両だ。 ち ょいと、水を一杯。 ここで水を飲まなきゃあ、一端(いっぱし)とは言えな い。 これで三百両。 まあ、ちょいと、儲かるねえ、音のするものに限るよ、 こんだ音のするものを買って来なよ。 半鐘を買って来よう。 半鐘はいけな いよ、おジャンになるから。